EDITORIAL+STORYで〈EDISTORIAL STORE〉。スタイリスト・小沢宏は、40年の東京生活にピリオドを打ち、この春に生活の拠点を、生まれ育った地元・長野県上田市に移し、お店を作った。構想から1年半(2021年2月にスタート)、新たな実験の場ともいうべき店は、世の中の半歩先を見据えていた。
始まりは、編集者・小沢宏だった
「スタイリストとはいえ、始まりは編集者なんです。往年のPOPEYEスタッフだった御供秀彦(故人)に師事し、それこそ原稿、ラフ描きもこなしていました。スタイリングも服作りも店作りも、すべて編集なんです。僕にとってはすべてがつながっていて、自然な形で今があるんですよ」と小沢は語る。とはいえ、しばらく悶々と悩んだ時期もあったという。
「スタイリストという職業もアスリートと同じで、ピークがあると思うんです。自分自身に対してもそれを感じていて、これまで積み上げてきた経験やパフォーマンスを違う形で生かしていく方法はないかと、模索しているところはありましたね」
スタイリストである前に無類の洋服好き
洋服のいち消費者としては、自他ともに認める“大食いで雑食”。ラグジュアリーから古着まで、本当に気に入ったものはなんでも買って着てきた。「例えば、雑誌のファッションページだっていろんなしがらみがあって、好きなようにスタイリングして、発信するような大らかな時代ではなくなりましたよね。
2021年2月頃だったかな。ブツ撮りをしている時、カメラマンが僕の着ているモノを見て「小沢さん、どこの服着てるんですか?」と聞いてきたので「これ、昨日高円寺の古着屋で買ったモノ」と答えたら、たいそう驚かれて。
カメラマン曰く「小沢さんって、ハイブランドしか着ないのかと思ってました。それ、古着なんですね〜」という、たわいもない会話をしたその瞬間、この店のコンセプトの核を思いついたんです。つまり「新しい、古い」「高い、安い」といったありきたりな服の価値観を超える店を、スタイリストなら作れるんじゃないか、ってことを」。
漠然としていた「やりたいこと、やるべきこと」の点と点が一つの線で繋がり、具体的に構想を練り始める。
課題解決と自己実現のジレンマ
この店の大きなコンセプトは、「再生」「循環」。アパレル産業が地球環境に与える負荷は甚大だ。利益を出すにはたくさん作って売らなければならないし、無駄が増えれば経営を圧迫するだけじゃないし、SDGsが叫ばれる時代にフィットしない。
矛盾を抱える業界の一端を担う人間として、これまで培ったメソッドを活用しながら、自己満足と社会的評価を満たすには、アイデアを絞り出すしかなかった。そして、業界の課題解決、地域活性化、スタイリストとしての矜持を満たす店作りは、非常に画期的なものになった。
上田の街に馴染みながら、新しいことを発信したい
「そもそも、この建物が再利用なんです。多くのショップを手掛ける〈GOO FACTORY〉が、限られた予算の中で、僕の思いを具現化してくれましたね。元々は地元の名産、胡桃を使ったお菓子屋さんの建物だったんですが、地元の人がそれとわかる程度に外観をリノベーションして、街に馴染むことを第一に考えました。
元の建物の特徴を生かしながら、1~4階まで作り込みすぎないようにしたんです。什器にもリユースの精神が生きています。施工が進む中で臨機応変に決めていくような、インプロビゼーションみたいな一面もあって楽しかったですね(笑)。
売り場作りも編集だと思うんです。スタイリングのフロアがあったり、コーナーにちょっとした仕掛けとかテーマを持たせたり、新しい視点を提供したり。そこに置かれる商品だって、今まではリースしていたものを、仕入れて売ってるだけという感覚かな。だからコンセプトを「雑誌の3D化」って僕は説明するんです。
新しい商流を作る商品ラインナップ
今、うちで扱っている商品は、メーカーが倉庫に眠らせた数年前の商品が中心です。いわゆるデッドストックを新しい視点でピックアップして蘇らせるから「ライブストック」と呼んでいます。服でも素材でもひと手間を加えることで新たな魅力を創出する「マッシュアップ」は少しずつ増やす予定。あとは、B級品やサンプルで構成されています」
ただ、本来1次流通する商品を、堂々と2次流通させる試みは、服を提供する側にもイメージダウンのリスクが伴う。しかし今は、表面的な格好良さよりも、企業理念や哲学が消費者からも問われる時代。作りすぎによる余剰在庫問題や、セールのために洋服を作っているかのような疲弊した業界構造に対して、熱い思いで改革を望む人は少なくないのだ。
「実際に服作りをしたり、仕入れをやったり、お店をディレクションした経験はすごく生きていますよね。今回のプレゼンでも、バイヤー経験がなかったら取引しなかったとか、東京にお店を構えていたら卸していなかったとも言われました。すべて新しい商流だし、自分にとってもいろんなパズルが結果としてハマったなと思います」
書店やレコードショップのPOPのように、洋服のタグには必ず小沢自身の手書きテキストがついてくる。これを一つずつ読んでいくだけでも、楽しくて、つい長居をしてしまう。なぜこの服が良いのか。どうやって着こなすといいのか。時に雑誌のキャプションのように、ユーモアを交えながら愛情たっぷりに解説してくれる。
今後は、例えばお年玉時期の学割だとか、サロン的な集いなども企画していく予定だという。すべて雑誌に置き換えて考えると、アイデアが次々に湧いてくるのだとか。もちろん“ポップアップ”ではなく「特集」と呼ぶんだそう。