レーベル設立者にして、プロデューサーでもあるマンフレート・アイヒャーを追った映画『ECMレコード—サウンズ&サイレンス』を観に、公開と同時に劇場まで足を運んだのが、ベーシストのShingo Suzuki。大学時代にジャズ研究会に入り、パット・メセニーの『Bright Size Life』(76年)を聴いて以来、〈ECM〉の作品を追いかけているという。
「〈ECM〉は設立当初から、“静寂の次に美しい音楽”というコンセプトで知られています。ただ、55年の長い間、1800枚以上の作品をどうやって作り、レーベルのカラーを維持しているのか。謎に包まれた部分が多かった。しかし、この映画では、その一端が見られたように思います」
統一感のある作品群から、厳格な人物との印象を持たれがちなマンフレートだが、本作からは別の一面も見える。
「彼は音楽家でしたが、1969年にレーベルを設立し、プロデューサーに転身しました。劇中で、ヤン・ガルバレク&ヒリヤード・アンサンブルのレコーディング中、バイオリン奏者へ“こうしたらどうだろう?”とアドバイスしていることからも、出自がわかります。
またレコーディングエンジニアと演奏の録音時に“打楽器の音が被るから、ピアノのマイクボリュームを下げよう”とも。音楽的な全体像が見えているからこそ、録音技術も習得しているんですよね。厳格な作品が多いことから、独裁的な印象や噂がありますが、実際には、音楽家やスタッフとコミュニケーションを取りながら、音楽を作る様子が描かれています」
プロデューサーとして制作現場を仕切ることもあるというSuzukiさん。この作品のマンフレートの立ち振る舞いから、学んだこともあったという。
「音楽制作の現場では、参加する人にそれぞれ意見があり、すべてが白黒はっきり決まるものではないから、苦悩することも多いんです。本作の中で、アルゼンチンにレコーディングへ出向き、現地の奏者とタンゴの解釈の相違から衝突するシーンがある。プロデューサーのマンフレートなら、独善的な判断もできるはずですが、みんなの意見に耳を傾けながら、音楽家同士で考える流れを促すんです。再度演奏し、曲の終わりにメンバー同士で微笑みを交わし、見事にレコーディングを締めくくる。彼の立ち振る舞いは、非常に真摯で、音楽家への敬意に溢れていましたね」
また劇中では、音楽以外の素顔も描かれている。
「彼がミュージシャンと踊るシーンがあって。いい演奏ができた喜びを全身で表現する姿がかわいかった。それから、〈ECM〉作品はアートワークにも統一感がありますが、クレイグ・テイボーンのアルバム制作中、ジャケットに入れる文字に悩む姿もあって。
“『Piano Solo』と『Solo Piano』の、どちらがいい?”とクレイグ本人に電話で尋ねる。本当にミュージシャンを尊重していることがわかります。最後に、結構大きなレーベルなのにオフィスが質素で、どこにでもあるようなステレオで作品を聴いているのも良かったです(笑)」