「手ばなせないタオル」を持っているだろうか?毎日のように使って洗って乾かして、今日もまた手に取ってしまう一枚を。これさえあれば安心できる肌触りのいい一枚を。
そんな日常のアイテムを提案する〈ÉCHAPPER(エシャペ)〉から、目がはなせなくなる美しい色のタオルが登場した。水墨画のようなグレーの濃淡は、麻炭、備長炭、竹炭という3種類の「炭」で染めたものだ。
「日本の織りや染めの世界では、驚くような技術と知恵を持つ職人の方々が活躍している。〈エシャペ〉のタオルができたのは、そういう工場や職人さんたちが、僕らのマニアックなものづくりに熱量をもって付き合ってくださったおかげです」
〈エシャペ〉のディレクターを務める久﨑康晴さんがそう話す。ファッションブランド〈ATON(エイトン)〉も手がけている久﨑さんは、業界でも有名な“素材探求者”で“生地マニア”。生地の原材料や技術の担い手を求めてさまざまな土地へ足を運び、原料を育てる畑から生地を織る機械や工程まで、自身の目と肌で向き合うのが身上だ。〈エシャペ〉は、そんな久﨑さんが、これまで以上に綿密な研究と厳しい耐久性テストを繰り返し、4年以上の歳月を費やして2016年に始めたブランドである。
素材の研究に4年半。〈エシャペ〉のものづくりは長期戦!
マテリアルに特化したブランドをつくってみたい。「エイトン・マテリアル」のようなことができないだろうか。久﨑さんは十数年前からそう考えていた。
「なぜかというとファッション業界の消費サイクルが速すぎると感じていたから。〈エイトン〉は定番服の多いベーシックなブランドですが、それでも流れの速さに追いつかない。僕の理想は、新品に袖を通して“いいね”ではなく、それを着て洗って、家で寝転がったり旅先で羽織ったりして“やっぱり、いいね”と思える服なんです」
だからこそ試作や試験にもっと時間をかけたい。流行りすたりのないものを、型番や品数を絞って作り続けたい。そんな久﨑さんの思いを、ある時、オーストラリアのオーガニック業界で活躍するファウンダーが強く後押しした。久﨑さんが試作したリネンのタオルを見て、「これはきちんと製品化してブランドにしたほうがいい」とたくさんのアドバイスをくれたそうだ。
強く励まされた久﨑さんだったが、当時の業界では「リネンタオルの製品化は困難」というのが定説。亜麻科の植物であるリネンは繊維に伸縮性がないため、生地がへたりにくく吸水性や速乾性にも長けている。しかしその分、高密度なワッフル地やパイル地を織ろうとすると、糸が切れたり毛羽立ってしまったり……とリスクが多いのだ。
「この時に支えてくれたのが、愛媛県の今治にある機屋さんでした。先の見えない僕らの試行錯誤に4年間もお付き合いいただいた。機械を改造したり、織るスピードを遅くしたり。何度もめげそうになりながらも諦めず、タオルづくりでは前例のない独自の方法を編み出してくださったんです」
色は深い緑、奥行きのある茶色、濃紺の3種類。「クマザサ、クロマツ、榊(さかき)という日本古来の植物から抽出した染料によるボタニカルカラーです。天然染料を使った染めは、地球や環境に優しい半面、鮮やかな色が出にくい、水や光に対する耐性が低いなどデメリットもある。そういったリスクを防ぎつつ、染め方や染料の配合を模索してくれたのが、東京で染料の研究をしている科学者……のような熟練職人さん。従来の草木染めでは難しかった光沢や色合いが出せるようになりました」
こうして完成したのは、「リネンの艶をもち、お風呂上がりにひと拭きしただけで体の水滴をぬぐいきれるタオル地」と「自然界にあるままの、鮮やかで深みのある色」をもつ理想の一枚。このリネンタオルを中心に、ベッドリネンやコットンパジャマなどのホームアイテムを作る新ブランド、〈エシャペ〉が誕生した。
「炭」色のタオルが生まれたきっかけは京都にあり
どんなに時間をかけてでも、納得のいくクオリティのものを作りたい。強い思いから生まれたタオルは、次の逸品が生まれるきっかけにもなった。京都の名宿〈炭屋旅館〉の親族が、〈エシャペ〉のリネンタオルを見て大層気に入ったのだ。「この深い色はどうやって生まれたのか」と関心を寄せられていることを聞いた久﨑さんは、さっそく京都へと足を運ぶ。
「“炭屋さんだから”という洒落も込めて、炭で染めたコットンのタオルも持っていきました。そしたらとても褒めてくださって。数枚しか作らなかったし、商品化する予定もありませんでしたが、それを僕が個人的に普段使いしていたところ、再びオーストラリアのファウンダーの目にとまったんです」
その後、このファウンダーが「炭で染めたタオルがある」と伝えたのが、〈HIGASHIYA〉などを手がけた緒方慎一郎。日本文化と伝統を新たな形で提唱し続けるデザイナーだ。2020年にはパリの北マレ地区に、茶房や酒房、レストラン、生活道具を扱うアトリエなどから成る〈OGATA Paris〉をオープン。17世紀の建造物を日本の伝統技術と美意識で改装した空間も、大きな注目を集めている。
「緒方さんとは僕も旧知の仲だったので、3種類の炭で染めたタオルを見せたところ、とてもいいと言ってくれて。パリでポップアップストアを開かないか、と声をかけていただいたんです」。そんな緒方のリクエストに応えたのが、この11月27日から始まった「Échapper at “OGATA Paris” Pop up store」。日本文化のキーパーソンたちを魅了した3種類の炭色タオルや、竹炭で染めたシルクパジャマなどがパリでお披露目された。
竹炭、備長炭、麻炭。グレーの濃淡が生む美しさ
ところで、久﨑さんはなぜ3種類の炭で染め分けたのだろう?
「実は、炭を使った染色はとてもハードルが高く、同じ材料で濃淡を作ることが難しいんです。しかもいちばん使いたかった備長炭にいたっては、ほんの数年前まで、ナノレベルの粉末にして染料に使うことが技術的に不可能だったほど。技術者やメーカーの努力でようやく可能になりましたが、それでも炭自体が金属のように硬いため、染料として浸透しにくく濃い色が出ないんです」
そこで竹炭や麻炭も使い、3つの炭から色を作ることにした。麻は北関東の農家で育てられ、神社の注連縄などに使う神聖なものだという。「もともと炭や墨の色の、奥行きの深さや濃淡の幅広さに惹かれていたんです。一時は墨の専門誌まで読んで、“そうか、墨で描いた文字は何千年でも残るんだな。墨や炭の色は根源の色なんだな”なんて解釈したりして」。ライトグレーからチャコールグレーまで、3種類の炭色が生み出すグラデーションは、まるで水墨画のような美しさだ。
「炭や植物など植物由来のボタニカルカラーで染めるのは、その色や光沢が本当に美しくて、自分の暮らしに入れたらカッコいいと思えるからです。そのうえで、地球を汚さず環境資源を無駄にしないものなら、なおいい。作ってみて感じるのは、炭の色は和にも洋にもピシッとはまること。そして、光沢のある質感こそが大人の暮らしに似合うことです」
上品で濁りのない色もさることながら、病みつきになるのはその肌触りだ。タオル地の原料は、地中海に隣接した畑で栽培されたコットン。寒暖差の大きい土地で育った綿の中から、毛足が長く柔らかなものだけを丁寧に手摘みして織りあげている。ふっくらして肌に心地よく、ほどよい厚みと弾力がなんだか頼もしい。しかもその魅力は、繰り返し使って洗って乾かしても損なわれない。
国内外の目利きたちをも魅了したタオルの良さは、初めて手にしただけでもすぐわかる。でも、本当の実力がわかるのは使い続けて1カ月、2か月経ったころ。きっと手ばなせなくなっているはずだ。