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ダシの聖地・大阪で、下町中華をいただく

佇まいは昭和の遺跡?でも知る人ぞ知る名店には共通項が2つ。それは古くとも隅々まで磨き抜かれたフロアと、美しい余韻のスープ。ダシの聖地・大阪では、その至福もまさに異次元級です。

初出:BRUTUS No.833「町の中華」(2016年10月1日発売)

photo: Kunihiro Fukumori / text: Mitsuhiko Terashita

なぁんとなく、化学調味料が多そうかなぁ、と思います?写真を見て?そこが甘い。まるで逆です。ダシの聖地、大阪。下町の、いわゆる大衆中華でも、長年の名声と栄光を誇る店では、中華の基本ダシ上湯(シャンタン)スープは、そのままでも、それを使った炒め物などでも、一口味わっただけでハッと目が覚め、心洗われるようなビューティフルな滋味と、深く響く味わいがあるのです。

そもそも大阪。粉物の街ってイメージは子供の言うこと。食の都としての本懐は、日本料理を筆頭とする“極上ダシ・カルチャー”の街ってところ。京都を席捲するかの〈嵐山 吉兆〉も、エリザベス女王が訪れた岡崎の大料亭〈つる家〉も、元は大阪の料亭の一支店だったってところからも、大阪のダシへの厳しさと、その卓越性がわかろうというものだ。

そんな“極上ダシ・カルチャー”の街・大阪の至福を、まるで息をするような自然さで味わわせてくれる、下町に隠れた金字塔店たち。その信条も、なんとも潔いものばかり。

まずは西区・九条で歴史を誇る〈吉林菜館〉。チャキチャキ元気な女将・劉王光子さんいわく「料理はしっかり、いいスープさえ出したら後は大丈夫。化学調味料?そんなん入れたら料理が苦くなるやん。うちは鶏ガラ100%で、豚も入れない。だから後味がキレイなんよ」と胸を張る。そのダシ力は、ご飯ものにさりげなく添えられるスープや麺類だけでなく、仕上げに上湯スープを使う八宝菜などの炒め物にも強烈に炸裂。圧巻のエネルギー感と弾ける澄んだ旨味に、しばし呆然となり、またこれほど真摯な職人仕事が、大阪の盲点のような下町の、店丸ごとが昭和骨董品のような場所に潜んでいることに目頭が熱くなる。

大阪の盲点といえば焼肉の街・鶴橋の1駅北で、一気に静かな住宅が増える玉造〈純華楼〉も同様。スープはまるで極上のビオ白ワインの余韻のような自然で優しい味わい。秘密は、店主・林愛英さんいわく「鶏も豚も、骨を煮込み始める前に徹底的にお湯で洗ってキレイにしてから鍋に入れること。中国料理は細かい作業がいっぱいあるけど、その小さな作業を一つ一つちゃんと積み重ねることで、最終的に大きな味の差になる。化学調味料?家にもない。変な味になる」とは金言至極。その上湯スープで仕上げる名物の一つ、エビの卵白仕立ての美しく澄み切った高貴な味わいは……香港の高級ホテルでそのまま出せそうな域、とさえ思えるほどです。

美空ひばりが愛した一皿も決め手はダシでした

もう一軒、大阪・キタの町中華のレジェンドとして畏敬されるのが〈共平亭〉(現在は閉店)。看板料理の皿うどんは、美空ひばりが大阪での公演時、度々楽屋に出前させたという由緒ある一皿。パリッと軽やかな揚げ麺に加え、旨さの支柱は豚と鶏のコクが凝縮したスープのあんかけ。女将いわく「豚骨と鶏ガラを20時間、しっかり煮込むのが大切。スープはどこにも負けないと思いますよ」と静かに、揺るがぬ自信を見せる。

そのすぐ近くの木造住宅密集地、本庄西で歴史を誇る〈一品香〉も参詣不可欠の一軒。わずか28席に対し、厨房のスープ用寸胴はドラム缶大。ここに主人が「鶏ガラ、ミンチ、豚足、昆布を寸胴いっぱいまで入れて、蓋で押さえつけながら煮込むから旨い。見えへんところに原価かけてるねん」とのスープも、妖艶至極な滋味深さ。例えば写真の牛タンうま煮などの煮物にも、スープに豚足から溶け出たゼラチンがトロ~リと絡み広がる滋味は……まさにエロティック、でありますよ。

最後に、大阪・町中華の最有名店の一つ〈一芳亭〉についても、知られざるダシ気概を。この店、名物の焼売は全国的に有名ですが、同様に見逃せないのが豚天などの揚げ物。軽いだけじゃなく、衣にほんのりと幸せな甘味と奥深い味があるのは……なんと揚げ油が、焼売を蒸した時に出る油ゆえ。つまり焼売の豚肉と野菜の旨味が、揚げ油に最初から入ってるわけで。それって、揚げ油にまで“ダシ”利かせてるってことですよ。恐れ入ります。ダシの魔都・大阪のディープ仕事。心より。

ともあれ、昔から中国ではこんな諺があるそうです。「1万両の黄金はたやすく手に入れることができても、一人の親友に出会うことは難しい」。でも、これらのお店を知れば思えるはず。「出会えたよ。その親友に」と。おそらく。きっとね。

最エッジ・ワインがあるのも、星付き店じゃなく、町中華です

東京・新橋の〈ビーフン東〉。実はその発祥の地である大阪のお店も、タイヘンなことになってます。

それはこの店のワインセラー。堂々、2フロアにまたがる巨大ウォークイン・セラーに2,000本以上。DRCやヴォギュエなどブルゴーニュの熟成酒だけでなく、ヴァン・ナチュールの最先端のジョージア、オーストラリア、スペインの最高峰自然派生産者まで見事に網羅。かの〈ホテルニューオータニ〉出身ソムリエ、田代啓氏渾身のセレクトで今や「大阪で最高のワインは、星付きフレンチじゃなく中華にある!」との声まで、高まる一方です。

昼はビーフンとちまきの定食中心。夜はフレンチも取り入れた中華ビストロとして、ワインに合うアラカルトを多彩に展開。