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アナウンサー・山根基世に聞く、ドキュメンタリー作品の「語り」の力

ドキュメンタリー作品のことを語る時、欠かせない要素がナレーション。「優れた語り」とは何か、どのように生み出されるのか。声のプロ、アナウンサー山根基世さんに尋ねました。

Photo: Takahiro Idenoshita / Text: Takahiro Maeda

レジェンドに聞く「ナレーション論」

NHK在籍時はもちろん、NHK退職後も数々の名番組でナレーターを務めてきた山根基世さん。彼女の名前を見て、多くの人が真っ先に思い出すのが、今も人気が高い傑作ドキュメンタリー『映像の世紀』ではないだろうか。
彼女の落ち着いた声音でのナレーションとテーマ曲「パリは燃えているか」によって、この番組の世界観は形成されていると言っていい。では、山根さん自身にとっての『映像の世紀』とは?

「私のナレーションを“開眼”させてくれた番組です。収録当時は体調不良で、第9集の収録の時が特に絶不調だったので、全然声が出せなかったんです。それでナレーションを入れる前の映像を観ていたら、その回が黒人の差別問題を扱っていたんですね。

白人専用の食堂で、抗議のため座り込む黒人が白人から暴力を受けたり、黒人のデモに白人警官が犬をけしかけたりする映像があって、“その映像によってアメリカの公民権法への流れができた”という趣旨のナレーションが入るんですけど、それを読んだ時、体の底から感動が湧き上がってきて、“これは伝えなくちゃいけない!”という思いに駆られたんです。

その時にはもう声のことも喉のこともすっ飛んでましたね。それまでは研修で“思えば出る”という宇野重吉さんの言葉を紹介されても、“思って出るなら楽だよね”と思っていたんですけど、それは本当なんだと気づかされました。声というのは思いについてくるんだと。
そういうナレーションの基本を私に教えてくれたのが、『映像の世紀』なんです」

『映像の世紀』タイトル画面
NHKドキュメンタリー屈指の大傑作『映像の世紀』。

感じられれば、
自ずからその感情が声に滲む

感じる、という言葉を山根さんはたびたび使う。それがナレーションにとって最も大事なことなのだと。
「映像、音楽、コメントに込められた製作者の思いを感じながら読む。感じればそれが声に出る、声に滲むんです。

“ここは明るく読もう”“ここは悲しそうに読もう”と考えていると、それが邪念になって、自由に感じることができなくなる。意図してそういう声を出すのではなく、感じることで自ずからそういう声になるのが、私の目指すナレーションです」

テレビが時代の影響を色濃く受けるように、ナレーションもまた時代の影響を受けるのだろうか。
「時代で変わることはあると思います。ドキュメンタリーではないですが、NHKを定年退職した後『半沢直樹』のナレーションを担当しました。

でも、NHK時代のテンポで読んでいたら、とても尺に入らない。気づかない人も多いかもしれませんが、読む側からすると、高速道路で割り込むくらいのものすごいスピード感があるんです。時代のテンポというのがあって、今は世の中のテンポが速くなっているから、全体的にナレーションのテンポも速くなっていると思います。

NHKはそれほどでもないと思いますが、民放ではそういう変化が出てきていますね。ただ、ナレーションそのものに対する私の考え方は昔から変わっていません。
“声によって伝える”という本質は変わりませんし、“内容と呼吸が合っていれば伝わる”というのも不変だと思います。

理想としているのは、番組の中身はしっかり伝わるんだけど、“あれ、誰がナレーション読んでたっけ?でもいい番組だったね”と視聴者に思われるようなナレーション。いい内容があって、それを邪魔せずに視聴者に届けられる……そういうナレーションをこれからも心がけていきます」

収録時の必須アイテムたち

収録時の必須アイテム 山根基世
台本は書き直しが入ることも多いため、1.3㎜・Bの消しゴム付きシャープペンシルを愛用。喉飴の銘柄は最近はヴィックスドロップがお気に入り。白湯で溶かして飲むことも。