都心で、できたてのどぶろくを
米、米麹、酒母(しゅぼ)、仕込み水をタンクに入れて発酵させたのが、日本酒のもととなる、醪(もろみ)。これを濾過せずに出荷する濁り酒は「どぶろく」と呼ばれ、そのつくりの自由度から、今、若い醸造家も生まれている。
そして、どぶろくを、新しい形態で提供するのが、清酒「紀土」で知られる和歌山・海南市発の〈平和酒造〉。90余年の歴史を誇る酒蔵が“どぶろくブルワリーパブ”と銘打ち、2022年6月、東京・日本橋兜町に、〈平和どぶろく兜町醸造所〉を開業した。
落ち着いた木製のバーカウンターの裏にあるのが、広さ6畳ほどの醸造室。米を蒸す、麹を製造する、それらを仕込み水とともに発酵させる。どぶろくづくりの全工程がこの場所で行われることで、東京の真ん中にいながら、できたて、フレッシュな味わいを楽しむことができるのだ。
「発酵と貯蔵に用いるのは、カレー鍋に似た7Lサイズの容器。少量ずつ仕込むことで、さまざまな風味のどぶろくを醸すことができます」
そう話す、〈平和酒造〉代表取締役社長の山本典正さん。都市型の狭小な醸造所であることを逆手にとって、ホップや小豆など、清酒には実現できないバラエティ豊かなフレーバーを取り揃える。ときに日替わりで、オーガニックバナナや山椒なども登場。「蔵の中では刻々と、どぶろくの風味が変わっていくので、そのライブ感も楽しみに、お店に通っていただきたいです」と、山本さんは付け加える。
食事はチーズや味噌などの発酵食品を使ったつまみに、ご飯ものはしらすの軍艦巻きやサバ寿司などをラインナップ。山椒の利いたポテトチップスやカレーライスといったスパイス系のフードは、どぶろくの甘味を持ち上げる。
清酒に比して、舌で米のテクスチャーまでも楽しめるのが、どぶろくの魅力。奈良漬けやシラスおろしなど、白飯に合わせる感覚で、あれこれ試してみるのも楽しい。
ペアリングで広がる、どぶろくの可能性
現在のどぶろくブームの火付け役といわれるのが、岩手・遠野市の民宿〈とおの〉の4代目で、オーベルジュ〈とおの屋 要〉を営む、佐々木要太郎さん。2003年に遠野市が日本初の『どぶろく特区』に指定されたのを機に、醸造をスタート。10年以上の試行錯誤を得て、どぶろくのイメージを覆すエレガントな味わいの「とおのどぶろく」を生み出した。
この「とおのどぶろく」を世に広めた立役者のひとりが、2022年10月に惜しまれながら閉店した日本酒バー、恵比寿〈GEM by moto(ジェム バイ モト)〉の店長・千葉麻里絵さん。
時を開けず、2022年11月に彼女が新たに開業した東京・西麻布〈EUREKA!(ユリーカ)〉でも、「とおのどぶろく」をオンメニューする。ペアリングとして人気だった、ブルーチーズハムカツも健在だ。
自身が岩手県出身ということもあって、10年以上前から「とおのどぶろく」の存在を知っていたと話す、千葉さん。「『とおのどぶろく』は甘すぎないから、酸味、そして米の旨味も十分に感じられ、おまけに飲み心地もスムース。バランスのいい味わいに、自分の中でどぶろくのイメージがガラッと変わったんです」。
「でも“どぶろくだけを飲んで!”といっても、馴染みのない人にはハードルが高い。だからキャッチーなつまみとの組み合わせを提案しました」。ハムカツにブルーチーズを加えることで、どぶろくに足りない香りの要素をプラス。これを水もと仕込みの「とおのどぶろく」と合わせると、エッジの利いた酸味とクリーミーな舌触りが、ハムカツの旨味を増幅させる。口の中で、まるでソースのような役割を果たすのだ。
一方、生もと仕込みは、フルーティーかつエレガントな飲み口。この爽やかな味わいは、苺とクルミの白和えとの相性がいい。
「ちなみに、『とおのどぶろく』にオリーブオイルを加えると、ヴィシソワーズのようなニュアンスが出るんです」。また山椒を入れてシェイキング、カクテルにして楽しむのも妙案と、千葉さんは言う。日本の酒の概念を塗り替える大きな可能性が、どぶろくには秘められているのである。