「アニメ かなしきデブ猫ちゃん」のことはきっとご存じあるまい。愛媛新聞に連載された同名の創作童話を原作としたアニメだ。原作は松山市在住の小説家・早見和真さん、絵を今治市出身の絵本作家・かのうかりんさんが担当している。早見さんとかのうさんのファンは言わずもがなだが、あとは愛媛県民または愛媛県ファン、あるいはデブ猫本愛読者以外には、これまであまり知られてこなかった作品かもしれない。
主人公は愛媛県の保護猫カフェで育った非常にクールな性格のオスのハチワレ。引き取られた家庭で「マル」と名付けられ、怠惰で栄養過多な日々を過ごした結果、デブ猫化。飼い主一家の誤解と後輩猫への嫉妬と抑えがたき冒険心から愛媛県中を旅することになる。
この作品は、NHK松山放送局開局80年を記念してアニメになったのだ。
人気の出た本を映像化するケースは珍しくないが、「デブ猫ちゃん」の場合は少し違っている。原作者の早見和真さんは、“プロジェクトを立ち上げた”際、アニメ化は想定していたという。そもそも「デブ猫ちゃん」は、愛媛県中を巻き込んでさまざまなかたちで展開し、愛媛県民みんながなじみ深く思えるような物語を作ろうと取り組み始めた作品。そして早見さん自ら行動し、ムーブメントを盛り上げて今に至っているわけだ。
声優・滝藤賢一がアニメの魅力を語る
NHK松山放送局からアニメ化が発表されたのが今年の春。半年あまりの時を経て、動くデブ猫ちゃん・マルに命が吹き込まれた。声を演じたのは滝藤賢一さんである。
これまでの俳優人生で演じた役は数知れず。地獄の事故現場に魅入られた新聞記者から極道のクレープ屋、室町幕府第十五代征夷大将軍、気弱な経理部員に発生前に事件を解決する探偵……。だが、声の仕事はあまり経験がない。アニメの主役、ましてやデブ猫役は完全に初めてである。
「マルの魅力はハードボイルドで人間くさいところ」
「マルって、何事にも物怖じすることなく、基本ハードボイルドでスゲーかっこいい態度でかっこいいことを言うんですよ。そのくせ急に弱いところが出る。“ギャー”って叫んじゃったり、旅先で出会う人に共感して泣いちゃったりする。そういう人間っぽい……あ、人間じゃないか(笑)。そういうキャラクターが魅力だなあと思ったんです」
ちなみにマルは、保護猫カフェと今の飼い主であるアンナの家しか知らない2歳。圧倒的な世間知らずだが、なんらかの確固たるポリシーを持った猫である。滝藤さんは、ハードボイルドタッチな渋い声で演じた。
「原作を読んだときにそういうイメージだったんですよね。そのうえで僕にいただいたオファーとして何が求められているかを考えながら、それにとらわれすぎないようにしました。僕ではなく画面ではマルというキャラクターが演じて、そこに僕の声が乗るので、ざっくりしたイメージだけです。凝り固まるとマルの感情の変化とアニメ表現の振り幅についていけなくなる気がして。僕にとっては未知の世界ですから。瞬発力で、演出の方のおっしゃることに身を委ねてポンポン反応していく感じでしたね」
なぜマル?滝藤賢一の仕事の基準
「スケジュールの許すかぎり来たもん順、というときもありますし、共演者・監督・スタッフ・脚本によってということもあります。とてつもなく働かせていただいた時期を経て、今年に入ってからはのんびりやれているなかで、今は、なんですかね……ときめくかどうか」
オファーがあって成り立つ仕事なので、そこまで強気ではないと笑いつつ「デブ猫ちゃんにはときめいたんです」という。
「ヒシヒシと愛媛愛を感じました。僕、これまで愛媛にはご縁がなかったんですが、内子町の尾首の池や、あの水鏡に映る桜、ぜひ見てみたいなぁ。読者の皆さんも、愛媛に行きたくて堪らなくなると思うんですよねぇ」。ちなみに滝藤さん、生き物を飼ったことはないらしい。だから犬派でも猫派でもない。乗る、という意味においては“馬派”なのだそうだが。
「でも、猫にせよ犬にせよ、一緒に過ごしたことのない人生より、一緒に過ごしたことのある人生の方がずっと豊かだと思うので、いずれは飼ってみたいと思いますね。しかし、この作品のデブ猫ちゃんはいいものを食べてますね。そりゃ太りますよ(笑)。でも、しょうがないですね。サワラやじゃこ天やら、美味しい食べ物ばかりですものね。ああ愛媛に行きたい!」