Talk

Talk

語る

日本人の目から日本を描く。堤大介監督が手がけるアニメーションの世界

“アニメーション界のアカデミー賞”と称される映画賞・アニー賞にて、『ONI ~ 神々山のおなり』が作品賞とプロダクションデザイン賞の計2部門を受賞した。同作の原案・監督を務めたのが堤大介だ。高校卒業後に単身渡米し、ピクサーを経て独立した彼が歩んできた道とは。そして『ONI ~ 神々山のおなり』で表現したこととは。

text: Shiho Nakamura

誰もが心の中に持っている、“ONI”とは

『ONI ~ 神々山のおなり』予告編
堤大介が原案・監督を務める初の長編アニメーション。古来日本で描かれてきた鬼を題材に、神々山に棲む妖怪や神々が、恐れと向き合いながら成長していく物語。全編を3DCGアニメーションで描く。全4話(154分)。トンコハウス制作。Netflixで配信中。

2022年10月、Netflixオリジナル作品として公開された『ONI 〜 神々山のおなり』。子供向けのアニメーションだろうと観始めたのだが、すぐに思い直すことに。気づけば、愛らしいキャラクターたちと、美しい山の景色に引き込まれていた。

そう、舞台は、妖怪や神々が棲(す)む日本のどこかの山の奥。雷神の娘である“おなり”は、古来伝わる恐ろしいONIと戦うため、日々クラスメイトと一緒に修練に励むのだが、なかなか力を発揮できずに悩んでいる。

話が進むとともにその理由が明かされていく中で、ONIの正体を知ることになり愕然とさせられた。山に暮らす彼らにとってONIとは、自然を破壊する人間のこと。

同時に、堤大介監督が言うように、「ONIとは、知らないものへの恐怖心から生まれる人の闇の象徴であり、人の内側に存在するもの」なのだ。

「僕は長い間ハリウッドの映画産業の中で仕事をしてきましたが、ずっと、日本人の視線から日本を描きたいと思ってきました。なかなかそういった作品は多くないので、日本人以外の人にも日本という国がちゃんと伝わるものを作りたい、と。チャンスが来たら逃さないぞと思っていたところに縁をいただいたのがこの作品です」と堤は話す。

『ONI』の制作にあたり、日本の神話やそれをモチーフにした伝統的な絵画、日本各地の民俗伝承などを識者に学び、フィールドワークを重ねた。「調べれば調べるほど奥の深さに気づかされました。中でも、日本では神や霊、妖怪などの捉え方にすごく曖昧な部分があるのが面白い。

『ONI ~ 神々山のおなり』
『ONI ~ 神々山のおなり』© 2022 Netflix

例えば鬼という存在は、悪者として扱われることもあれば、鬼瓦のように魔除けとして使われることもありますよね。明確なルールのようなものがある西欧の宗教観とは対照的です。でも、この世の中は、白黒つけることでは解決しない問題に溢れていて、正義か悪かだけでは括(くく)れません。今だからこそ古来の考え方に学ぶことがあると実感しました」

実際に屋久島を訪れたことをもとに、「CGで森を描くのはとても難しい」という、高湿ながら清涼な空気を持つ日本独特の山の描写にもこだわった。そこには長年、堤が制作で大事にしている“光”と“色”の表現も多分に生かされている。当然ながら街と山では光の質が異なり、時間、湿度、気温などの感じ方も微妙な光と色の変化によって劇的に変わる。

「感情にも影響するほど、光は表現の幅を広げることができる要素です。また観念的にも、僕らが作る話はいつも“光と闇”がテーマになっているので、ストーリーを形作るためにも光はすごく大事」なのだと堤は言う。

そして何よりの魅力は、愛嬌たっぷりのキャラクターたちだろう。主人公おなりが通う学校の教室には、からかさ小僧やカッパ、なまはげ、タヌキなどの個性豊かな生徒がいて、教室自体がまるで日本各地に伝わる民俗伝承の縮図のようで楽しい。

『ONI ~ 神々山のおなり』
『ONI ~ 神々山のおなり』© 2022 Netflix

「ああいう子、そういえば小学校のクラスにいたな」と思わせる親しみのあるそれぞれの性格にも愛着が湧く。彼らが棲む神秘的な山は、“子供たちは近づいてはいけない”と言われている橋でONIの世界、つまり人間界と隔てられているが、おなりが心を通わせる人間の少年“カルビン”もまた、日本に住む外国人であり、現代の多様性を象徴する登場人物であることも記しておきたい。

また、少し飛躍するかもしれないが、子供たちを取り巻く大人の姿は、江戸時代初期の絵師、俵屋宗達が描いた有名な「風神雷神」の屏風絵から神々が飛び出してきたかのようでもある。オニ退治を主題にした『桃太郎』など、誰もが知る昔話にもつながりが感じられ、子供の頃から親しんできた物語を思い起こしながら、新たな世界へといざなわれていくようだ。

わからないものを認めること

堤大介は、高校卒業後に単身渡米。以来30年をアメリカで過ごしてきた。絵描きを目指していた青年は、初めはビザ取得を目的にアニメーション制作会社に就職したのだという。だがいつしか、多くのスタッフと協働して作り上げるアニメーションの世界に夢中になっていた。

その後、アートディレクターとして招聘(しょうへい)されたピクサーでは、『トイ・ストーリー3』をはじめとするヒット作に携わった。そして2014年、ピクサー時代の盟友ロバート・コンドウとともにアニメーションスタジオ〈トンコハウス〉を立ち上げ、短編『ダム・キーパー』が世界各地で数々の賞を受賞。『ONI』は、トンコハウスが手がける初の長編アニメーション作品となる。

『ダム・キーパー』予告編

自らが作品の構想を一から考えるようになり、まず初めに、制作に関わるすべてのスタッフに、“北極星”と呼ぶ、進むべき指標を徹底して共有する。「この作品をなぜやるのか」という思いである。

本作では、堤自身がマイノリティとして生きてきたアメリカでの経験も多分に投影されていると言えるだろう。
「人種のことだけでなく、どんな人も、何らかの形で外側の人間として見られたり、たとえ言葉に出さないとしても誰かを偏見の目で見てしまうことがあったりするはずです。でも、自分がわかっていないことを認めることも大きな一歩だと思うんです。想像を膨らませて、自分とは違う人に興味を持つということは大事」

現在、『ONI』の制作背景や、作品の世界観を堪能できる展覧会『トンコハウス・堤大介の「ONI展」』がPLAY! MUSEUMで開催されている。どこか懐かしさを感じさせるコマ撮りの雰囲気にこだわった3DCGアニメーションの制作方法や堤の手描きのアイデアスケッチなど、制作の裏側を知ることができる。ぜひまずは作品を観て、出かけてみてほしい。

ピクサーを経て、世界で活躍。堤大介の仕事

これまでに堤が携わった主な作品を紹介しよう。ピクサー在籍時には『トイ・ストーリー3』と『モンスターズ・ユニバーシティ』にライティング・アートディレクターとして参加。“色と光の演出”を担当。「当時のピクサーは、映画作りにとことん打ち込めるストイックな制作現場だった。『モンスターズ・ユニバーシティ』では背景アートディレクターのロバート・コンドウとともに実験的に新しいプロセスにも挑戦させてもらいました」

そしてロバート・コンドウとともに手がけた第1作が短編『ダム・キーパー』だ。「自分たちで初めて話を考えて監督するのは本当に大変でしたが、常にハプニングが起きているような毎日がすごく楽しくて。ロバートと一緒に独立するきっかけになった記念すべき作品です」。また『ムーム』は同タイトルの絵本が原作の短編。初めて日本のCGクリエイターとコラボレーションした作品だ。

『スケッチトラベル』は2006年、友人のイラストレーター、ジェラルド・ゲルレとともに発案したプロジェクト。「大好きなイラストレーターに会いたい」とミーハー心でスタートしたものの、一つのスケッチブックが世界中を巡り、宮崎駿やフレデリック・バックら錚々たる顔ぶれの作家71人が絵を描いた。最終的に原本はオークションにかけられ、売上金をチャリティ団体へ寄付。カンボジアなど各地で図書館が建設された。

ほか、堤の真骨頂とも言える光の描写が美しい絵本『あ、きこえたよ』は、母・江実の詩と自身のイラストのコラボレーション。

影響を受けた作品は?