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半世紀にわたるエポックな味を辿る。「札幌スープ」カレークロニクル〜前編〜

インドやスリランカなどのアジアの食をルーツに、独自のものに昇華させたのが札幌スープカレー。その味の多彩さゆえにスパイス系、旨味系と店を分類しがちだが、時系列で並べれば、一皿一皿に愛と歴史が見えてくる。半世紀にわたり札幌のカレー文化を彩ってきたエポックな味を辿る。

Photo: Ryoichi Kawajiri / Text: Hitomi Seki / 取材協力: Makoto Kubota (gopのアナグラ)

スープカレーの定義は時代によって変わり、当初の「ルーカレーに対してシャバシャバとしたスープのようなカレー」という捉え方から、次第に「だしをとって作ったカレー」へと変化してきた。スープカレーの概念が定着した2000年以後は全国へと波及し、大衆化を進めていく。では、札幌が作ったカレーとは、どんなものだったのだろうか。

70年代に誕生した
〝薬膳〟が事の起こり

札幌スープカレーの起源を遡ると、古くは1970年代の〈アジャンタ〉の「薬膳カリィ」に行き着く。同店の薬膳カリィとは、大量の野菜と鶏ガラでとったスープにスパイスと漢方薬を加えたもの。さらにエポックといえるのが、「ライスをスープに浸す」という食べ方だ。

日本でも今となってはアジア各国と同様に、カレーとライスを“混ぜて”食べるスタイルが主流になってきているが、“混ぜない”スタイルが定着したのも、札幌スープカレー独自のものだといえるだろう。

80年代に入ると、当時札幌市内では珍しかったスリランカ料理がベースのカレー店〈スリランカ狂我国〉(現在は閉店)と、インドカレーがルーツの〈木多郎〉が相次いで登場する。“スリ狂”の売りの一つは、100番まで選べる辛さのチョイス!
ひときわスパイシーなスープは味覚の限界に挑戦する多くの信者を生み出した。一方〈木多郎〉はトマトの旨味を効かせたスープを生み出し、これ以後のスープカレーのベースの一つを築いたといえる。

新たな概念が生まれ
多様な味が一つに

これまでインドやスリランカなど、南アジアをルーツとしたカレーを出す店が続く中、93年にオープンした〈マジックスパイス〉は、インドネシア料理をルーツとし、さらに辛さの段階表示を、覚醒、涅槃、虚空など独特のネーミングでユニークに表現した。“スープカレー”という名称を用いて世の中の注目を浴び始めるようになったのもこの頃だ。

95年以降は第2世代が台頭。90年代前半までの店の味に触発された人たちや、アジアのカレーを源流に、和食や洋食などの技法を取り入れた店が次々と現れる。95年に〈村上カレー店・プルプル〉が生まれたのも、店主の村上義明さんが“スリ狂”の味にハマったのがそもそものきっかけ。またこれまでの店の多くが郊外で営業する中、“プルプル”は中心部に出店。多くのオフィスワーカー相手に平日のランチでスープカレーを振る舞い、その存在感を示した。

“スープカレー”の名が地元紙に登場するのは96年頃のこと。99年頃から専門店の記事が目立ち始め、市民権を得ていく。時を同じくして、99年にオープンした〈札幌らっきょ〉は、店主のイデゴウさんと調理人の開賀津也さん(現〈カレー食堂 心〉店主)が、ブイヨンなどの洋食のアプローチを取り入れて万人にウケるポピュラーな味を作り、裾野を広げた。

アジャンタインドカリ店
(1971〜)

「今の味が完成形です」
札幌スープカレー界のレジェンド

移転に伴い、喫茶店〈こうひいはうす〉(1977年創業)に店名とカレーのレシピを譲った後、〈アジャンタインドカリ店〉と名称を変更。それまでの薬膳カリィから「毎日おいしいと思えるカレー」を目指し、スパイスなどを改良している。

現在の場所に店を構えたのは3年前だが、店内の雑貨やインテリアは前店を受け継ぎ、どこか懐かしい雰囲気。毎日夜中の1時半から南美智子さん自らが仕込むスープカレーは、3世代にわたって食べに来る家族や両手鍋持参でテイクアウトする主婦などまさにおふくろの味のように愛され続けている。

マジックスパイス
(1993〜)

ネーミングにこだわり
“マジスパ”は歴史に名を刻んだ

“マジスパ”のルーツは、店主の下村泰山さんがバリ島で食べたインドネシア料理「ソトアヤム」。ちなみに、“スープカレー”と名づけて世に送り出したのは“マジスパ”との表現を見かけるが、下村さんによると「当時はソトヤアムじゃ絶対売れないと思い、“アジャンタ”の店主と、“スリ狂”の店主にスープカレーという名で売ろうと思うと相談したら、2人揃って“そんな名前じゃ売れないわ!”と言われたんですよ」とのこと。

「摩訶不思議・非日常空間」をテーマに、現在は東京、大阪、名古屋にも展開している。

村上カレー店・プルプル
(1995〜)

実験的精神で生まれたレシピを
惜しげもなく公開

店主の村上義明さんが開店当初に目指していたのは、“スリ狂”と〈木多郎〉の間のようなカレー。当時の店では珍しい、煮干しなどの和の素材でスープに旨味を加えようと思いついたのは、「水産学部出身だったから」と村上さん。

企業秘密であるはずの店のレシピを15年以上も前から公開しているのもこの店ならでは。そのオープンな人柄も味に魅力を添えている。メニューは固定で、味のベースはオープン当時からほぼ変わらないが、新しく思いついた味やメニューは、毎週土曜限定の「土曜スペシャル」で味わえる。

札幌らっきょ
(1999〜)

スタンダードな味を世に広める
伝道師的存在

サラリーマンだった店主のイデゴウさんが店を開いたのは、事業立ち上げに携わったスープカレー店がオープン直前で頓挫し、自分がやるしかなくなったから。そこから老若男女に好まれる味を生み出し、今や全国でも知られる有名店になった。

「もともとスープカレーが好きじゃなかったから、誰もがおいしいと思えるスタンダードな味を目指しました」(イデさん)。現在はスープカレー教室や食のイベントで国内外を飛び回り、札幌スープカレーの魅力をPRしている。スープカレー界の伝道師的な存在だ。