話を聞いた人:倉方俊輔(建築史家)
モダニズム建築とは、機能的で合理的な造形哲学に基づいた建築だ。19世紀以前の様式を否定し、鉄、コンクリート、ガラスという工業的な材料を生かす構造や表現を追求した。そんなモダニズムの巨匠といえば、ル・コルビュジエ。彼の建築を知ればモダニズムの輪郭が見えてくる。
「実は、窓もしかり。コルビュジエの窓を知ることで、モダニズムの核心がわかります」と語るのは、建築史家の倉方俊輔さん。
「一般的に言う“窓”は、壁にたれたもの。壁に穴を開けて風を通し、外を見られるようにしたものが、古来、窓と認識されていました。こうした狭い定義の窓を否定したのがモダニズム建築。コルビュジエも、そもそも窓とは何なのかと従来の窓を疑い、再発明を試みたのです」
例えば〈サヴォア邸〉。コルビュジエが提唱した「近代建築の五原則(ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面)」のすべてを実現した初期の傑作だ。
「全体のボリュームを分割している水平連続窓が効いている。ヨーロッパの伝統である縦長窓を、人の自然な視野を遮らない水平の窓に変えるべきだと彼は主張しました。〈サヴォア邸〉以外でも多く用いた水平連続窓で目論んだのは、眺望・採光の窓と通風の窓とを分化させること。従来の“窓”ではなく、目的別の“開口部”が理想だとしたのです。機能を分化することは、近代的で理性的な行いであり、ゆえに窓は時代や文明の象徴になり得る。そう考えたのではないでしょうか」
機能を分化した開口部としての窓に、巨匠は新たな用途や美しさをプラスする。それが〈ラ・トゥーレット修道院〉の格子窓や、建築化された日よけ「ブリーズ・ソレイユ」だ。
「〈ラ・トゥーレット修道院〉では、コルビュジエの弟子で現代音楽家でもあるヤニス・クセナキスが、ガラス面をまるで譜面のようにして、不規則な格子の幅で音楽を奏でました。この窓を介することで、外の景観や光が抽象的に変換され、室内にいる人に働きかける。窓がリズムを作り空間を再構成しているんです。また、集合住宅〈ユニテ・ダビタシオン〉に用いられているのはブリーズ・ソレイユ。日よけに特化した装置ですが、どこからが窓でどこからが日よけなのかわからなくなる──という新しい景色を生み出しています」
窓のエッジをはっきりと感知させない不思議な面白さは、〈ロンシャンの礼拝堂〉の窓にもある。
「壁がとても厚いうえ、穴の内部に傾斜がついているため、どこまでが窓なのかが不明瞭で、視点によっても見え方が変わる。窓は建築の内外のどちらに属すのか、どちらにも属さないのか。我々は何をもって窓と呼んでいるのか。“窓とは何か”という哲学的な問いを喚起するところに、コルビュジエらしさが表れている。こうした本質的な問いこそが、モダニズムの核心なのです」