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料理人歴60年の名物店主が作る。秋田〈中国料理 盛〉の“きどらない通の味”

東京では食べられない中華料理を求めて旅に出たい。そこでしか味わえない食体験があるからだ。個性が際立つ秋田の〈中国料理 盛〉を訪ねた。

photo: Nozomi Takahashi / text: Chihiro Kurimoto

「お店が14時までだからよ、13時半に来たら撮っていい」と言われ、訪れたのは秋田市の住宅街。その一角にある店のガラス扉には「きどらない通の味」と書いてある。閉店まで残り30分、あいにくの雨にもかかわらず、店の外まで列ができていた。営業時間は11時から14時。この3時間のみの営業で、毎日100人分の料理を提供する。

秋田で中華料理といえば〈盛〉を挙げる人は多い。もちろん、県外から熱心に通う常連客も。「うちの味を知ったら、もう逃げられないのよ」と笑うのは店主の堀岡盛(ほりおかさかり)さん。厨房で一人、大きな中華鍋を振るう。堀岡さんは〈目黒雅叙園〉や〈山王飯店〉で修業を積み本場・中国での研修にも参加。リビアで軍港を築くプロジェクトでは料理長として引き抜かれ、腕を振るった経歴の持ち主だ。

リビアでコーランの一節を書いてもらったというフカヒレが座敷席の壁に飾られていた。地方の中華料理店に似つかわしくないアラビア語なのに、この店には似合うから不思議だ。

店主の堀岡盛さん
店主の堀岡盛さん。

「日本に中国料理が入ってきたときには、調味料もなんも売ってなかったのよ。だからみんな作ってた」

既製品には頼らず、唐辛子を乳酸発酵させた調味料や、ラー油、ハム(塩漬け肉)まで、すべて自家製。さらに、日本にはほとんど流通していない唐辛子やパクチーなどを、店の隣にある畑で育てている。「このパクチー食べてみろ、よそのとは全然違うだろ」と渡されたパクチーを噛んでみると、ふわっと香りが広がり、えぐみがないからバクバク食べられる。取材時の畑には福地ホワイト六片の葉ニンニクやパクチーのみだったが、夏になると、ニガウリやハヤトウリ、ツルムラサキなど、さまざまな野菜が畑に溢れるという。

ファングッズを生んだレバニラ炒め定食

名物はレバニラ炒め定食。「ここのレバニラだけは食べられる」というファンも多く、現在は盛岡を拠点とするシルクスクリーンTシャツの専門店〈6JUMBOPINS〉が、感動して「LVNR」=レバニラをロゴにしたTシャツを作ってしまうほど。

レバニラ炒め定食
レバニラ炒め定食1,500円。メニューに載っていなくても提供可能。ご飯とスープ、ザーサイ付き。

「毎日、朝締めの豚8頭分のレバー10㎏使うのよ。24時間経たないうちに提供するからうめんだ」

鮮度の高いままカットするから角が立っていて、特有の臭みはなく、ぷりっとしている。毎日100束使うというニラは、強火でさっと炒めているから食感が心地よく、畑で育てた生ニンニクもシャッキリとしてアクセントになった。

もちろん、おすすめはレバニラだけにあらず。粗挽きの挽き肉で食べ応えがあり、シビレと辛さが追ってくる麻婆豆腐に、米の一粒一粒が油でコーティングされ、パラパラだけどしっとり一体感のある五目チャーハン、酸味と辛味がとろとろのあんかけに包まれるスワンラーめんなど、どれも名品ばかり。「料理は熱いうちに食べろ、それが一番うめんだから」と促され、撮影もそこそこに一口食べてしまうと、箸が止まらなくなるから困る。食べ終わっても、お腹の中が熱くておいしい感覚……なんだこれは。胃袋を鷲掴(わしづか)みにされるとはこのことか。

料理人になって60年になる堀岡さんだが、「料理は奥が深いからな。まだまだだ」と話す。「60年やっていても、まだまだですか⁉」と聞くと、「だって中国なんて4000年の歴史だもんよ。それに比べたら60年なんて、たいしたことないべ」と、どこまでも料理に貪欲だ。

目下の悩みは、後継者がいないこと。「来年にはもう店がないかもしれないからな」とうそぶくが、地域の宝のような中華料理店には末長く続いてほしいと願ってやまない。

営業後は従業員のみなさんのまかないタイム
営業後は従業員のみなさんのまかないタイム。座敷の食卓を囲むのが定番だ。11月~3月半ばの土曜は自家製天然酵母の中華まんを1日200個販売する。「大変だから今年できるかはわからない」と堀岡さん。