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“どこかで見たことがある顔”が1000個!人面石のミュージアム〈秩父珍石館〉へ

「日本地質学発祥の地」としても名高い、秩父の長瀞(ながとろ)エリアは、地質学者たちがこぞって訪れるという石の聖地。この地に、一風変わった“石の博物館”があるという噂を聞きつけて秩父へ足を運んだ。

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photo: Kazuharu Igarashi / text: Sho Kasahara

きっかけは、ひとつの人面石との出合い

一見ただの石に思えるが、じっくり観察すると人の顔が浮かび上がってくる。そんなユニークな石たちが集まるのが、ここ〈秩父珍石館〉だ。それぞれの石には似ている有名人やアニメキャラクターの名前がキャプションとして添えられ、その絶妙さに思わず頷いてしまう。しかし、なぜこんな風変わりな博物館が生まれたのだろうか?

この博物館を開館したのは、絹織物業を営んでいた故・羽山正二さん。石集めは、自然の石を山川の風景に見立て盆栽のように飾る「水石」文化に触れたことから始まる。知り合いから譲り受けた「人面石くん」(写真下)との出合いがきっかけで“顔に見える石”に心を奪われ、それから50年もの間人面石を拾い続けた。

始めは正二さんが秩父の川で見つけた石が展示されていたが、人面石を集めている人がいるという噂が広がるにつれ、次第に全国各地からたくさん集まってきた。しまいには、「人面石を持っていくとお小遣いがもらえる」という噂まで広まった結果、近所の子どもたちまでもが探し始めて、その収蔵数は1,000点を超えている。

「酒もタバコもやらない人でね。興味があるのは石だけ。堅〜い趣味だよね(笑)」と、正二さんの娘であり二代目館長を務める芳子さんは語る。

解釈は人それぞれ。誰でも石の名付け親に

人面石のキャプションをよく見ると、一つひとつの字が異なることに気づく。その裏を返すと、子供から外国人まで、石に命名した人の署名が残っていた。当初は正二さんが名前をつけていたが、博物館が開館して以来、名前のない石には来館者が名前を付けるスタイルになったという。

特に興味深いのは、顔に見える特徴の解釈が時代ごとに移り変わること。「エルビス・プレスリー」と名付けられた石が、ある時代には「ポッカの缶コーヒーの人」、また別の時代には「トランプ大統領」と。こうして、一つの石に複数の名前が並ぶ現象は、石を通して見る人の感性や時代背景が色濃く反映され、独自のなんとも面白い世界観を生み出している。

石は、自然が長い歳月をかけて作り上げた無機的な存在のはず。しかし、その表面に目や口のような人間的なパーツを見つけると、まるで命を持ったかのように感じて愛おしく思えてくるから不思議だ。

ここは人面石を目当てに訪れる人も多いが、ただの面白い石の博物館だと思ったら大間違いだ。〈秩父珍石館〉では山梨産の水晶、北海道の石灰岩、さらには600万年の時をかけて形成された石まで、自然のアートともいえる石も展示している。「水石」「孔雀石」「亀甲石」といった美しい石も揃い、石の博物館としても遜色のないラインナップ。日本国内のみならず世界中から人が訪れ、石好きの聖地と化している。

正二さんの死後、この館を引き継ぐことになった芳子さん。「小さいころ、父と石を拾いに行ったこともあったけど、全然面白くなくて(笑)。石を集める気持ちなんて当時は全くわからなかった」と懐かしそうに語る。最初は石についての知識もなくわからないことだらけだったが、訪れる石好きや専門家たちとの交流を重ねるうち、その美しさと奥深さに引き込まれていった。彼女の熱意は、来館者一人ひとりに石の魅力を丁寧に伝える姿にも表れている。

そんな石を知り尽くした芳子さんがいま一番惹かれているのは、「水石」。自然が削り出したその形は、小さな山岳や渓谷のようだ。「苔や砂を敷いてみたり、小さな人形を置いてみたり。水石の楽しみ方は自由です。加工していないのにこんなに完璧な美しさがあるなんて、と見るたびに自然の力に感心してしまいます」

館内で聞く芳子さんの解説からは、見る角度や時代ごとに異なる表情を持ち、何度でも新しい一面を見せてくれる石の面白さに気づかされる。

2025年に開館35周年を迎えた〈秩父珍石館〉。そのユニークな展示から「B級スポット」と呼ばれることもあるが、実際に足を踏み入れると期待以上の濃い空間。自然が生み出した偶然の美しさに触れることができるだろう。