「どうすれば映画監督になれるのだろう?」
映画好きならば、⼀度は考えたことがあるのではないだろうか。⼤学や専⾨学校で映像について学び、然るべき制作会社や映画業界に就職する?それとも⾃主制作した映像作品をコンペに送り続ける?この秋、新たな映画監督への道が開かれた。
創業者であるガブリエル・シャネルの時代から⾐装提供などで映画との縁も深いブランド〈シャネル〉が、『CHANEL AND CINEMA - TOKYO LIGHTS』を企画、フィルムメーカーを養成する「マスタークラス」を開講した。数年がかりで映画監督を養成し、最終的には優秀作品の上映を日本とパリで行うことをゴールとする企画。⼝⽕を切る最初の「マスタークラス」が11⽉27、28⽇の2⽇間開催された。
講師として登壇した⼀流の映画⼈たちを⾒て、その本気度がうかがえる。メンターを務めるのはカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した映画『怪物』の記憶も新しい是枝裕和監督。ヴィム・ヴェンダース監督作『PERFECT DAYS』で主演を務めた役所広司、そして『万引き家族』や『怪物』で是枝監督作に続けて出演した俳優の安藤サクラ。
さらにはハリウッドの第⼀線で活躍する俳優のティルダ・スウィントン(『アベンジャーズ/エンドゲーム』『グランド・ブダペスト・ホテル』など出演)が実際にワークショップを⾏い、フィルムメーカーを志す者たちの真剣な眼差しが舞台上に注がれた。この貴重な機会のために、小松菜奈など〈シャネル〉のアンバサダーたちも招待されており、映画業界からは周防正⾏をはじめとした豪華な⾯々が⼀同に会した。
筆者が観覧した2⽇⽬、最も⼤きな拍⼿が起きたのはティルダ・スウィントン(以下ティルダ)の「クローズアップ」にフォーカスしたワークショップだった。
段取り芝居のハウツーに終わらないために、映画ならではの映像⼿法「クローズアップ」に意識的になることを⽬的として、あらかじめ⽤意されていた短い脚本を2名の俳優が演じる。その間、2つのカメラがそれぞれの顔をクローズアップで捉え、舞台上後ろのスクリーンに⼤きく映し出されているという状況の中で進⾏する。映画をフランス流に“シネマ”と呼ぶティルダが、未来の映画作家たちに語りかける。
「カメラに映っている範囲が、シネマの領域です。私たちの意図はシネマになるのか?私たちの演技はどう映るのか?実験することが⼤切だと思います。今回はクローズアップでそのことを考えてみましょう」。俳優が⼀⾔、⼆⾔演じる度に、ティルダが俳優の肩をぽんとたたく。「はいストップ。いま、どんなことを考えて演じていましたか?」俳優がどんなことを考えて演じているのか。そして、それは画⾯に映っているだろうか。
映画の作り⼿が持たなければならないそういった鋭い洞察⼒を、教えるのではなく⾃発的に⽬覚めさせるようなレクチャーだ。演技に⼊り込んだ俳優が思わず涙を流すほどの迫真のワークショップに、参加者からこの⽇⼀番の⼤きな拍⼿が送られた。
濃密な2⽇間を終えた是枝裕和も大いに⼿応えを感じたようだ。「映画の作り⼿である者にとっては学び直しの機会として、もしくは新⼈をどう育成していくのか。いい機会がなかなか持てていないと考えていたので、お声がけいただき、準備に1年くらいかな、かかったけれども、私としても収穫の多い2⽇間でした」。
しかし本番はまだまだこれから。この2⽇間に受講した者の中から企画を募り、短編制作のステップへと映る。かつてガブリエル・シャネルが⾐装提供をし、名作と名⾼い『ゲームの規則』のように、映画史に輝く作品が⽣まれようとしているのかも知れない。