歌舞伎役者、纏う


クリエイターとトレンチコート
1856年創業の英国ブランド〈バーバリー〉。その老舗メゾンが生み出した永遠の定番が、トレンチコートだ。
「人が着る服の中には、“勝ち負け”が出てしまうものがある気がするんです。それで言うと、僕は〈バーバリー〉のトレンチコートに負け続けてきたんです」
そう告白するのは、今シーズン立ち上がったブランド〈FOUNDOUR〉のディレクターであり、ファッションディレクターとしても活動する金子恵治さんだ。
「スプリングコート自体は、僕が手がける〈LE〉でもシーズンごとに必ず作っちゃうくらい好きなんです。今の日本の気候を考えると、必需品とは言えないかもしれませんが、気持ちというか、情緒的な部分で、春先には作りたくなるし、自分でも着たくなる。僕自身に関して言えば、タイヤが小さい自転車に乗っているので、風よけとして着ているというのもあります。ただ、トレンチコートとなると話が変わってくるというか。強いコートじゃないですか。若い頃は結構痩せていたのもあり、バランス的にしっくりこなくて、どうしても着られている感じになっていたんです。もちろん、あえて着られるおしゃれもありますが、憧れていたのは往年の著名な方たちがばしっと着こなしている姿だったので」
トレンチコートという永遠の定番と出会いそびれた苦い思い出のせいか、金子さんはこれまで〈バーバリー〉の“裏面”ばかり追いかけてきたという。
「〈バーバリー〉というブランドにちゃんと興味を持ったのは、〈エディフィス〉のバイヤー時代にパリで買い付けたブルゾンを通してでしたね。いわゆるハリントンジャケットとは全然違う、オリジナリティのあるブルゾンで、それは大量に仕入れて、自分でも着ていたことがあります。その後、パリの古着のディーラーから、フランス製の〈バーバリー〉のバルカラーコートを買ったのが4、5年前だったかな。ワークウェアの山の中に一着だけあったそれは、あまりに気に入りすぎて自分のために購入して、今でもよく着ています。そんな感じなので、トレンチを筆頭とする、よく知られるような〈バーバリー〉の“表面”は、ちゃんと通ってきてないんですよ」

その曲がりくねった長い旅路の果てに、金子さんが再び〈バーバリー〉の王道、トレンチコートに出会ったのは、つい最近のことだ。
「古着屋さんでたまたま見つけて、試着してみたんですよ。そしたら、おじさんになって体に厚みが出てきたせいか、“意外と似合ってるじゃん”と思えたんです。おそらく90年代くらいのもので、比較的新しかったのもよかった。ヴィンテージすぎると、アイテム自体の存在感が強くて、“やっぱりまだ早いかも”と思ってしまったかもしれません」
かくして、無事にワードローブの仲間入りを果たしたトレンチコートに、金子さんが今回合わせたのは古着のジャケットとスラックス。色こそ違えどいずれもデニムで、アメリカ製だ。英国紳士の代名詞である〈バーバリー〉のトレンチコートに、アメカジをミックスしてしまうのが金子さんらしい。
「“着こなせるようになったかな”とは思いつつ、やっぱりまだまだな部分があるから、そこを調整するための引き算ですね。正統派のブリティッシュトラッドで、ハットも被ってばっちり決まる人間ではないですから。馴染みあるアメリカのものを取り入れることで、僕にとってはアウェーであるトレンチコートをホームに連れてきているというか。ただ、靴はイタリア製を持ってきて、バランスを整えました。きれいなスラックスだと、現時点では向こうのホームに寄せすぎで、もしそれを穿くなら靴はボロボロのスニーカーを合わせたくなりますね」
結果として完成したコーディネートを、金子さんは「“フランス人が見たアメリカ”みたいなイメージですかね」と語る。
「僕はセレクトショップ〈アナトミカ〉の創業者であるピエール(・フルニエ)さんが、80年代のパリで提案していたようなミックススタイルに影響を受けているんですよ。要するに、ヨーロッパのものと、アメリカをはじめとする世界中のいいものを寄せ集めて、巧みにミックスするスタイル。そのテクニックを身につけてこそ一人前というか、そこにおしゃれの頂点があるって感覚があるんです。だから、普段から自分なりに実践してはいるんですが、トレンチコートのような強いアイテムだと、なおさらそっちに振りたくなる。ただ、ルーツが異なるものでも、オーセンティックというカテゴリーのアイテム同士であれば、合わないものはないと思いますね」
最後に現行のトレンチコートも試着してもらうと、口からため息とともに漏れたのは、自身の服作りにおいてもディテールに細心の気を配る金子さんらしい感想だった。
「背筋が伸びて、立ち姿を良く見せる仕立て方ですよね。僕のは一枚袖で腕を上げやすい半面、胸元にシワが寄るんですよ。こちらは二枚袖なので、それがない。定番にして、すごくスタイリッシュですよね」
