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大阪で発展してきた「文楽」と「上方落語」。舞台で味わう、ほんまもんの大阪らしさ

江戸時代に生まれ、大阪で発展してきた文楽と上方落語。面白さとコスパの良し悪しを重視する大阪人に長年愛されてきた魅力とは?初心者に向けた基礎知識や楽しみ方を、業界のトップランナー竹本織太夫さん、桂吉坊さんに教えてもらった。

初出:BRUTUS No.911大阪の正解』(20203月2日発売)

photo: Hajime Watanabe,Koji Fujita / text: Taro Fukuyama / edit: Atsushi Takeuchi / cooperation: Ningyojoruri Bunrakuza

「文楽」と「上方落語」

下町のお好み焼き屋で千円札を渡せば、返ってくるのは「お釣り300万円~」。そんな行く先々での会話も大阪を訪れる醍醐味の一つだろう。大阪人ならではのノリや人間味をもっとディープに楽しむ方法がある。文楽と上方落語だ。どちらもこの町で育まれた芸能である。

教えて!文楽

講師:竹本織太夫(人形浄瑠璃文楽座太夫)

文楽『曽根崎心中』天神森の段よりの様子
『曽根崎心中』天神森の段より。最期の場所へと急ぐお初と徳兵衛。人形遣い/吉田簑助(左)、桐竹勘十郎(右)。

大阪は言わずと知れた商人の町。江戸時代には日本経済の中心地であった。大阪で一人前になるには、商人ならではの挨拶や敬語、洗練された会話術を身につけなければならない。では学校にも行けない丁稚(でっち)がどこで学んだのか。それが文楽だった。

当時の人々は文楽を「観る」ではなく、「聴く」と言った。正しい大阪弁のアクセントや言葉遣い、感情を込めてエピソードを“盛る”表現力。太夫の語りを聴いて、商人としての素養を深めたのだ。文楽には、ちまたで起きた事件を基に脚色した演目が多い。手代が店の金を横領したり、遊女に入れ揚げて心中したり。

竹本織太夫さんいわく、「ダメ男ばかり出てくる(笑)。ツッコミどころ満載のストーリー」。だが当の手代たちは、「わかるわ~!」と共感。時には、「自分の方がまだマシ」と妙な自信をつけて帰っていったとか。庶民の暮らしぶりをリアルに描いた演目はまさに当時の“あるある”。大阪の縮図が文楽の中にあるのだ。

Q.歴史と成り立ちを教えて!

A.(竹本織太夫)

1684年、竹本義太夫が大坂・道頓堀に竹本座を開いたのが文楽の原点です。1703年には義太夫の弟子であった豊竹若太夫が、同じ道頓堀に豊竹座を旗揚げ。竹本座付きの作者だった近松門左衛門の『曽根崎心中(そねざきしんじゅう)』などヒット作が次々と生まれました。2つの劇場が人気を競うことで、18世紀半ばには歌舞伎をしのぐほどのブームとなりました。

Q.芸能としての特徴を教えて!

A.(竹本織太夫)

文楽は三業一体の芸能といわれ、太夫・三味線・人形遣いの阿吽(あうん)の呼吸で成立しています。語り手である太夫が登場人物のセリフや場面の描写、状況説明まで基本1人で語ります。三味線弾きは太夫の語りに合わせて人物の心情や情景を音で表現。舞台では1体の人形を3人で操ります。顔の部分と右手、左手、足と分担することで、繊細な動きが可能に。まるで命を吹き込まれたような動きを見せます。

Q.見どころを教えて!

A.(竹本織太夫)

演目は大きく分けて時代物と世話物があります。時代物は鎌倉時代から戦国時代にかけての御家騒動など、武家社会に関する作品が中心。江戸時代の人々にとっての大河ドラマで、武士の忠義やジレンマが見どころ。世話物が描くのは江戸時代に起きた事件や男女の悲恋。ワイドショーの再現ドラマに近く、当時の大阪の空気感が楽しめます。名作は後に歌舞伎や落語にアレンジされることも多いです。

Q.大阪で観るべき演目を教えて!

A.(竹本織太夫)

大阪が舞台の世話物がおすすめです。近松門左衛門の『曽根崎心中』や『女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)』、2020年6月上演の『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』など。観賞後、その現場を聖地巡礼すると、より思い出深くなると思います。『女殺油地獄』の場合、主人公の犯行後の逃走経路を辿れます(笑)。

Q.観られる場所を教えて!

大阪〈国立文楽劇場〉外観
国立文楽劇場

教えて!上方落語

講師:桂吉坊(落語家)

上方落語の演目『蛸芝居』の一幕
上方落語の演目『蛸芝居』の一幕。登場人物はおろか、食材のタコまで芝居の真似事を始める芝居噺の傑作。

商人文化は笑いの風土をも育んだ。商売や人間関係を円滑に進めるため、洒落やジョークが不可欠だったからだ。上方落語の誕生にも、こういった大阪人の気質が関わっている。起源は、神社の境内など露天で行われていた“はなし”。

聴いてもらうためには、通りすがりの人の興味を引き、立ち止まらせなければいけない。文楽や歌舞伎の芝居を真似たり、お囃子(はやし)や鳴り物を使ったり。キャッチーな演出が、聴く気のなかった通行人を客に変える。今でいう営業や販売に通じる商魂だ。

「桂米朝師匠が“落語には著作権がない”とおっしゃったように、無名性も落語を発展させている」と桂吉坊さん。同じ噺(はなし)をいろんな世代の落語家が演じながら、それぞれが面白いと思うものを付け足しては削り、ブラッシュアップしていく。それにつれて、噺の内容も自然と時代に合ったものに変化してくる。長い時間をかけて磨き抜かれた、究極のすべらない話。だから、いつ聴いても今が一番面白いのである。

Q.歴史と成り立ちを教えて!

A.(桂吉坊)

はっきりとはわかりませんが、人前で“はなし”をしてお金をもらうようになったのは江戸時代前期から中期にかけてといわれています。江戸では鹿野武左衛門、京都では露の五郎兵衛、大坂は米沢彦八と、“はなし”を生業(なりわい)にする人々が同時代に現れました。その後、桂一門の源流にあたる初代桂文治が大坂に寄席を開き、芸能として確立していきました。

Q.芸能としての特徴を教えて!

A.(桂吉坊)

江戸落語と上方落語の違いは成り立ちによるところが大きいです。江戸落語の多くはお座敷などに呼ばれて、じっくり噺を聴かせていました。一方、境内などの屋外で始まった上方落語は、目の前のお客さんをつかまえる工夫が発達。派手な演出もあり、ストーリーのつじつまより面白さを重視。噺の途中で登場人物がいなくなるなんてこともあります。

Q.見どころを教えて!

A.(桂吉坊)

上方落語協会に所属するだけでも約270人。噺家それぞれの個性があり、見た目や年齢、声質、得意なキャラクターも違います。同じ噺でも、噺家によってスポットの当て方が変わるので、オチも違ったりします。もし一回聴いて面白くなくても諦めずに、お気に入りの噺家を見つけてほしいですね。270人いれば誰かと合うと思います(笑)。

Q.大阪で聴くべき噺を教えて!

A.(桂吉坊)

上方落語は季節感のあるものや、旅に出かけるネタが多いですね。寄席にいながら行楽気分を味わえるのが楽しいと思います。例えば、春なら『愛宕山(あたごやま)』。春の山へ遠足に行く噺で、お囃子も入って賑やか。オチも秀逸です。歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』を題材にした『七段目』や『蔵丁稚』といった芝居噺も上方ならでは。個人的に観ていただきたい噺です。

Q.観られる場所を教えて!

大阪〈天満天神繁昌亭〉外観
天満天神繁昌亭
上方落語の定席。昼席は出演者が週替わりで、落語を中心に漫才などの色物も上演。夜席では独演会や一門会を開催。日によっては朝席も。

表現方法は違えど、文楽と上方落語には大阪のリアリティが詰まっている。軽快な大阪弁で駆け引きする商人、嫁に頭の上がらないダメ男、実らない恋に涙する男女……。活気あふれる大阪の町と、そこに確実に存在していた人々の姿がありありと目に浮かんでくる。

文楽と上方落語を通じて、何人もの大阪人と出会うことができるのだ。それが芸能観賞で叶うなら、これほど濃密な時間はない。間違いなく、みやげ話にも磨きがかかるはずだ。