劇伴で変わる、シーンの見え方。
入江悠
海田さんがセレクトされた『1917 命をかけた伝令』は、戦場のシーンをワンカットで一気に観せる作品ですね。
海田庄吾
ノンストップの緊張感を伝えるような、まさに“音楽が物語る”映画ですね。オーケストラのわかりやすい劇伴で、シーンごとにピリオドを打っているんですよ。これはわかりやすい曲でいいと思います。
入江
『ノマドランド』は、『1917』とは正反対の作品ですが、主人公の置かれた環境や心情を劇伴で表現していて。やはり音楽なしには成立しない作品では?
海田
人によって、見解の変わる作品だと思いますが、劇伴を物語から一歩引いた視点でつけていて。その絶妙なバランスのおかげで、見事な作品になっていますね。
入江
アメリカの田舎の景色が鮮烈に残るのは劇伴の力。美しい映像だけど、ずっとそれだけだと、多分飽きますよね(笑)。
海田
最近はロックバンド出身の劇伴作曲家の活躍が著しいと思います。『ファントム・スレッド』は、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドが手がけていて、ギタリスト特有の和声や音符の積み方、音像で遊んでいて面白い。『ファントム〜』では、クラシックや現代音楽を通過したことを生かし、弦楽器とピアノの美しい旋律をつけています。その上で、セオリーを崩す箇所もあり、変態ですね(笑)。
海田
彼とアッティカス・ロスはナイン・インチ・ネイルズのメンバーだけど、クラシックの素養もあり、今やデヴィッド・フィンチャー監督作品には欠かせない。
入江
『mid90s』はヒップホップやスケートカルチャーへの愛が溢れていて最高でした。劇伴は、西海岸の憂鬱のバランス感覚を伴っていて素晴らしかったな。『エクス・マキナ』は、音楽がかなり強い印象でしたけど、これはポーティスヘッドのジェフ・バーロウなんですね。
海田
こういうSF映画にはテクノなど、アッパーな曲をつけがちですが、劇伴自体はアンビエント。しかし、小さかった音が、シーンが進むにつれてどんどん大きくなっていくようにダイナミックレンジをうまく駆使していて。音色の処理が見事にハマっていました。
バーロウのシンセ使いは『ツイン・ピークス』シリーズで知られるアンジェロ・バダラメンティに近いと思います。最小にして、最大の印象を与えるというか。
入江
海田さんが劇伴を作る時に気をつけることは、どんなところですか?
海田
僕自身も劇伴は必ずシンクロ・スコアで書いています。音楽的にはいびつさや、音楽的に未完成なことを心がけています。芝居やセリフ、カメラの動きや照明など、すべてと合わせて一つになると思っています。トラックダウンの時には、ボリュームや音色にも気をつけますね。
入江
『シュシュシュの娘』の撮影にも来てくれましたが、途中で消えてました(笑)。
海田
撮影中の風景や空気も体験したくて。付近を散策し、フィールド録音もするので、ご挨拶したら消えますね。
入江
最初にご一緒した『ビジランテ』の劇伴には、太いホースを振り回した「フォン、フォン」というノイズと、その音を譜面化し、バイオリンで弾き直した楽曲があって。見事に埼玉の田舎街の極寒を表現されていて、感動しました。しかし、同時に変態だと確信しましたね。
海田
褒め言葉として頂戴します(笑)。