坂東祐大とルドウィグ・フォシェルが読み解く「最後のメッセージ」
映画『メッセージ』のサウンドトラックなどで知られるアイスランドの音楽家、ヨハン・ヨハンソン。
2018年に逝去した彼が取り組んだ、最初で最後の監督作品『最後にして最初の人類』が公開される。本作は旧ユーゴスラビアの戦争記念碑の映像とヨハンの音楽を組み合わせながら繰り広げられる壮大な叙事詩。誰も味わったことのないその圧倒的な映像・音楽体験は、ヨハンの真髄に迫るものである。
実験精神と職人気質を併せ持つ、そんな彼の作品に多大なる影響を受けてきたのが、細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』で音楽を手がける坂東祐大とルドウィグ・フォシェル。2人はこの映画をどう観たのか。これまでの作品を振り返りつつ、ヨハンからの“最後のメッセージ”を紐解いてもらった。
坂東祐大
僕にとってヨハン・ヨハンソンは、実験音楽と映画音楽の両サイドを巧みに繋いだ人。
様々な映画のサウンドトラックを手がけながらも、自身の「作品作り」も続けていたアーティストという印象です。
ルドウィグ・フォシェル
僕は普段から「誰にも似ていない音楽を作りたい」と考えているんですけど、ぶっちゃけヨハン・ヨハンソンに対してだけは「この人みたいな音楽を書きたい!」と思ってしまうんですよ(笑)。
そのくらい、僕自身が作りたいものとヨハンの作品は被るんです。もちろん、坂東さんがおっしゃったようなヨハンのスタンスにも憧れます。僕自身は、仕事以外の創作活動にまでなかなか手が回らない。
常にアーティスティックなアウトプットし続けていたそのバイタリティは、尊敬しますし憧れますね。
坂東
先日も2人で「ヨハン・ヨハンソンの代表作ってなんだろうね?」という話になりましたよね。本来ならば『ブレードランナー 2049』が代表作になるはずだったんじゃないか?って。
フォシェル
そう(笑)。当初あの映画のサントラはヨハンが手がける予定だったのだけど、途中降板してハンス・ジマーとベンジャミン・ウォルフィッシュになった。
ヨハンがもし『ブレードランナー 2049』を手がけたらどうなっていたか……想像するだけでもワクワクします。
まあ、それは置いておいて、代表作を一つ挙げるとしたらやっぱり『メッセージ』なのかな。最初に観たときは本当に衝撃でした。こういう音響のサントラって今までも結構聴いてきたはずなんだけど、彼の作るものはやっぱり別格というか。
サウンド自体はシンプルなのに、一つ一つの音のインパクトがすさまじい。
坂東
僕はクラシック畑の人間なので、音楽を聴くとどんな楽器で演奏しているのか、分析する癖があって。けど、『メッセージ』を聴いたときは全くわからなかった(笑)。
そういう経験って今までほとんどなくて。一時期どうしたらこの音が作れるんだろうと研究していたこともありましたよ。おそらくマイクを楽器に思い切り近づけて録ったり、シンセと生楽器を融合させたりしているのだろうけど、そのやり方が本当に独特。
例えば、サウンドデザインのアプローチから作曲するハンス・ジマーと聴き比べてみても全く違うんですよね。もっと言えば、『ジョーカー』のサントラを手がけたヒドゥル・グドナドッティルのような弟子筋の人たちの作品を聴いても、やはりヨハンとは違う。
フォシェル
ただ、アイスランドの作曲家には共通するムードもあります。どこかのインタビューでヨハンが「アイスランドの音楽家たちは、シーンごとに色んな要素を盛り込もうとしない。
本当にシンプルなフレーズが、一定のムードでどこまでも続いていくのはまるで故郷の風景のようだ」と言っていて。
坂東
なるほど。確かにヨハンの音楽って、階調度の高いモノトーン映像という感じがしますね。
例えば日本の音楽家って、一曲の中に様々な要素を詰め込む幕の内弁当的な美しさがあると思うんだけど、それとは対照的だなと思います。
フォシェル
「幕の内弁当」の譬(たと)えは言い得て妙ですね(笑)。
坂東
正直、彼のルーツもどこにあるのかよくわからない。現代音楽の中で語られることが多いけど、現代音楽にその文文脈はあまりないですし……
仮に挙げるとしたらカールハインツ・シュトックハウゼンの作品かな。
『メッセージ』の直接のインスパイア元はシュトックハウゼンの「Stimmung」という作品ではないかと思っています。現代音楽ではかなり有名で、限定された音で倍音の響きを積み重ねていくアプローチに、通じるものがあるんです。
フォシェル
ヨハンはパンクバンドもやっていたんですよね。
坂東
アイスランドの音楽に共通するルーツってあるんですか?
フォシェル
北欧の音楽にはパンクやメタルの流れを受け継ぐものが多いです。それは彼の遺作となった『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』で発揮されていました。
一般的にいう「いい映画」ではないかもしれないけれど、おそらくヨハンはやりがいを感じて取り組んだのだと思う。その意欲を感じるし、ここでもまた新境地を拓いているんですよね。個人的には、彼のベストワークに挙げたいです。
ヨハンの“本当の”遺作。
坂東
『最後にして最初の人類』、すごかったですね。
フォシェル
こんな作品、観たことがない。
音楽だけ聴いても素晴らしいのですが、映画の中で映像と音楽が同じ比率で補い合いながら一つの作品になっているんですよね。それってヨハンが監督という立場だからこそ成立しているのだろうなと。
もし誰かほかの映画監督からの依頼で「サントラ」を手がけたのだとしたら、こうは絶対になっていなかったはず。おそらくヨハンは、いつかこういう作品が作りたいと若い頃からずっと思っていたんじゃないかな。
坂東
実を言うと、僕は以前から「映画を作りたい」とずっと思っていて。むしろ作曲家じゃなくて映画監督になりたかったんですよ。
しかも、音楽と映像がお互い引き立て合うような作品を作りたいと思っていたので、ヨハンがやりたかったこともすごくわかるというか。
きっとストーリーを語ることよりも、現代美術のインスタレーションのように観客が能動的に音楽を「体験」する作品が作りたかったんじゃないかな。
フォシェル
ああ、なるほど。僕は日常的に美術館に行くタイプの人間ではないし、絵画鑑賞とか「何が楽しいんだろう?」と思っていたんですが……。
坂東
あははは!(笑)
フォシェル
今回この映画を観て、その楽しさが少しわかった気がします。
旧ユーゴスラビアの戦争記念碑の不思議な造形と、それを様々な角度から切り取る独特のアングル、音楽のスピードとともに変化していくカメラワークをヨハンの音楽とともに大画面で浴びながら、ある種の「催眠状態」になって初めて良さがわかるというか。
そういう体験って日常ではまず味わえないものだから、ぜひとも映画館に足を運んでほしいですね。
坂東
僕も大音量で体験できるのが今から楽しみです。それにしても、ヨハンがこのアプローチを突き詰めていけば、きっとまだまだできることはたくさんあったはずだし、そう考えると彼が急逝してしまったことはつくづく残念。
そのぶん、彼の遺志を引き継いで……というわけではないですが「いつか絶対僕も映画を作るぞ!」と決意を新たにしました!
2人が選んだヨハン・ヨハンソンの名盤
エミリー・ブラント主演作『ボーダーライン』からの1と、テッド・チャン原作の2は、盟友、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作のサントラ。
3はニコラス・ケイジ主演の低予算リベンジホラームービーで、ヨハンのルーツであるパンクミュージックやハードコアに回帰しつつも新境地を切り拓いている。4は、ヨハンの集大成ともいえる内容だ。
「代表作としては、ソロ名義でリリースされた『Orphée』も入れるのが順当なのかもしれないけれど、個人的にちょっとメランコリックに寄りすぎていて……(笑)。ヨハンの持つ革新性や実験精神を堪能するのだったら」と断りを入れながら、坂東がフォシェルとセレクトしたヨハン・ヨハンソンの名盤4選。