歌人・穂村弘が語る、楳図かずおと『こわい本』シリーズ。
時に、恐怖に怯え戦慄する女の表情を。時に、近未来を舞台に少年少女の愛と友情の物語を、それぞれ独自の画風で描いてきた漫画家・楳図かずおの『こわい本』シリーズが今年、新編集で復刊される。
アリ人間という奇怪な人間が各地で生まれることを機に展開する「笑い仮面」をはじめ、初期の傑作ホラーを多数収録。楳図ファンを公言する歌人の穂村弘は、改めて楳図作品を、そして『こわい本』をどう読むのか。語ってもらった。
初めて読んだ楳図作品は『猫目小僧』か『おろち』だったと思います。当時はドキドキしながら読んだのですが、ただ面白いだけではなく、読み終わっても消えずに残る何かがありました。
あとから考えると、「猫目小僧」や「おろち」が、不思議なことに理想の「人間」像にも思えます。前者は妖怪猫又と人間とのハーフ、後者は不死の美少女、とどちらも異形の存在であるはずの彼らの、超越的な愛の波動に満ちた姿からは、愛と勇気と使命を貫く本当の人間になるためにはいわゆる「人間」であってはならない、という楳図さんなりの矛盾めいた論理を感じます。
復刊された『こわい本』シリーズを読んだのは今回が初めて。
この作品でいえば、内容はもちろんですが、ビジュアルの異形性が何より魅力です。例えば2巻の表紙にもなっている「笑い仮面」のコートの着こなし方、髪形、纏っている手袋、ブーツ、仮面、武器などのスタイルが最高にかっこいい。
そして、片目だけアリ人間になった少女が美しいです。「ああ……こうしていると、わたし、五郎さんをアリ人間にしてしまいそうだわ」のセリフにはれますし、アリ人間の「ギリーッ」という叫びを真似したくなってしまいます。
楳図かずお作品には凡作はなく、基本的にすべてが傑作。好きな作品は何度も読み返しますが、正直にいえば、何よりも読みたいのは楳図先生の新作。なんとか実現できないものでしょうか。
穂村さんオススメの楳図作品。
「人間でない存在が理想の人間像になっている『猫目小僧』と、本気で愛を信じる心が悪しき「現実」を崩壊させる『漂流教室』。2作には繋がりを感じます」。