時代の変革者、ボブ・ディランとは何者か
茂山千之丞
日本ツアーは7年ぶりだそうですけど、2018年のフジロックでもライブをしていて、僕も観ました。ディラン、来るたびに年々、機嫌が良くなっている気がします。
坂口恭平
以前は悪かった?(笑)
千之丞
だいぶ前、初めてライブを観たときは、ずっと下向いてました(笑)。サッと演奏して、サッと帰る、みたいな。でも、最近はカーテンコールで笑顔を見せてくれたりもします。
坂口
僕はまだナマで観たことがないんですよ。そもそも音楽も、ディランは、味わうというよりも、自分の創作の起爆剤みたいなところがあってーー。
千之丞
聴くと何か作りたくなる?
坂口
ええ、ディランの全詩集なんかも読むんですけど、「あ、こういうふうにするんだ」ってプロセスを確認する感じで。僕の場合、躁鬱の鬱状態のときに書いた記録が、結果、作品につながったりもするんですが、それって言葉の順序もおかしいし、主語もどんどん移り変わる。それでいいと思わせてくれるのが、常にディランなんです。
千之丞
坂口さんの『躁鬱大学』のドライブ感がかかっているところの文章とか、たしかにディランっぽい(笑)。ディランの曲って一つの時間軸じゃなくて、人生の違うシーンがコラージュみたいにバババッて貼ってある感じがする。主語もディランだったり聴いている自分だったり、誰か俳優さんだったりして、つじつまも合ってなかったりするんですけど、実際に体験したことのないような場面が、妙に説得力を持って脳内に浮かんでくるんですよね。
坂口
そこはケルアックをはじめ、ビートニクの影響も大きい気がします。
千之丞
僕もそう思います。ミネソタの田舎から、ケルアックの『オン・ザ・ロード』とかに影響された青年ディランがニューヨークにやってきて、ミュージシャンとして身を立てようとする。詩も書くし、絵も描いていた。たとえ音楽で芽が出なくても、いろんな可能性があったんでしょうね。
坂口
これ、ディランの何のインタビューか忘れてしまったんですけど、曲を作るときに「詩が先か、音楽が先か」みたいなことを聞かれて、「いや、何が先とかじゃなくて、歌が出てくるんだ」って答えていたんですね。その言葉は、僕の支えになっています。頭の中でぐちゃぐちゃっとしてる多元宇宙を、順序をつけずにバンッ!と出せ、と言われた気がして。
千之丞
すごく作り手を刺激する人ですよね。僕もディランを通して、自分のやりたいこととか、人が表現しているものとかを、より客観的に捉えられるようになったと思います。
ディランは伝統芸能の人
坂口
僕、たまに1曲だけディランのカバーをするんですね。「A Hard Rain's a-Gonna Fall」を「どしゃぶりの雨がまっさかさま」という題で、勝手に和訳して歌うんですけど、すると、自分がどこから来たのかっていう原初の感覚に触れる感じがするんです。なんかギリシャぐらいまで遡るような。
千之丞
そこまで行きますか(笑)。でも、たしかにディランの表現って、出典があるものの積み重ねなんですよね。若い頃はわりとバリアを張ってましたけど、おじいちゃんになってだいぶリラックスしたのか、近頃はディランもラジオ番組をやったり、音楽についての本を出したりするようになった。そこでは、わりと出典についてつまびらかにしているし、近年のアルバムも、メロディやリズムの使い方がトラディショナル寄りになってますからね。もはやディランは、伝統芸能の人のようにも思えてきます(笑)。
坂口
狂言をやっている千之丞さんが言うなら、間違いない(笑)。
千之丞
例えばなんですけど、狂言の演技って、身体性がすごく関わってくるので、目で見て、実際にやっていくうちに、意識してもしなくても、積み重ねているものがある感じなんです。ディランも、ウディ・ガスリーのような人にストレートにリスペクトを捧げている曲もありますけど、本人も知らず知らずどこかで聴いたり、読んだりしてきた要素も、曲の中に大量に含まれていると思うんです。ディラン自身もそのことがわかっているし、何より出典への尊敬や愛着がありますよね。
坂口
なので、ディランからは「自分の道を行け」というメッセージは受け取っても、それは「オリジナルな表現をしろ」ということではないんですよね。ちなみに僕は『New Morning』というアルバムが大好きなんですけど、同時に、これほど何度聴いても、頭に残らない音楽もないんですよ。
千之丞
2曲目の「Day of the Locusts」とか、めちゃ好きですよ。
坂口
それが、曲名すら覚えられないんですよ(笑)。音質的に好きなのかな。フォークなんだけど、硬い音で、どこかファンク的でもある。
千之丞
音質は重要ですよね。ディランとレコーディングしたスタジオミュージシャンたちにインタビューした動画を観たら、ディランって、ちゃんとしたスタジオじゃなくて、映画館を改装したスタジオとか、わざわざ録音しにくそうな場所を選ぶみたいで。
坂口
綿密に考えていることと、その場の偶然とのミックスを重視しているんじゃないかな。その感じは、僕もかなり影響受けています。あとは、ディランの勇気の出し方ですよね。フォークギターからエレクトリックギターに持ち替えたときとか、カントリー音楽をやるときとか、その当時は波紋を呼んだ音楽的変遷がありますけど、決してサイドプロジェクトでやらないじゃないですか。すべて本気。だから僕も、「文章書きますけど、絵も描きます」じゃなくて、へただろうが、なんて言われようが、毎回そこにすべてを出す。これもディランの教えです。
千之丞
言われてみれば僕も、現代劇の芝居に出たり、コラムを書いたり、コントもやるので、多彩な活動とか言われがちなんですけど、主観的にはすべて本業です。同じことをオファーに合わせてやっているだけで。そうか、ディランの影響はあるのかも(笑)。
坂口
そういう意味で、やっぱり僕にとっては創作の起爆剤なんですよね。
千之丞
ところで、最後に1曲ずつオススメを、と言われてるんですけど……、とりあえず僕は、「Positively 4th Street」。メディアとかに文句を垂れている歌です。オレは悪くないぜバーカバーカ、みたいな(笑)。ここまでみみっちい感情を公にしていいんだって思うと、スッキリします。
坂口
じゃあ、僕は、1969年のワイト島フェスでザ・バンドと一緒にやった「Highway 61 Revisited」で。このライブバージョン、グルーヴがとんでもないんですよ。
千之丞
そう、ディランって同じ曲でも、時期や編成によって、リズムもメロディも歌詞すらも違うことがある。今回の来日でも、どの曲をどんなアレンジでやるのか楽しみですね。
2人が選んだディランにまつわる作品
茂山千之丞・選
「Last Thoughts On Woody Guthrie」
それまでは非公式な海賊盤でしか聴けなかった過去の素材をまとめ、自ら「海賊盤」と謳ったディランの『ブートレッグ・シリーズ』の第1集(1991年発表)に収録されたポエトリーリーディング。「ディランの作詩のリズムやスピード感がわかる素晴らしい音源」
『アイム・ノット・ゼア』
多彩な顔を持ち、謎に包まれたディランの半生を、ヒース・レジャー、リチャード・ギアなど、見た目も性別もまったく異なる6人の豪華キャストが演じた伝記映画。「とにもかくにもケイト・ブランシェットの演技が素晴らしい」。'07米/監督:トッド・ヘインズ。
坂口恭平・選
『New Morning』
1970年発表、全曲が自身の作詞作曲による、ディランの11枚目のスタジオアルバム。フォークロックをベースに多彩な音楽性を内包。ジョージ・ハリソンとのセッションから生まれた「If Not for You」も収録。「僕がいちばん好きなディランのアルバムです」
『ディアローグ―ドゥルーズの思想』
『Kerouac Beat Painting』
ビートジェネレーションを代表する小説家、詩人であるジャック・ケルアック。その絵画と素描というあまり知られていない一面を集めた一冊。ビジュアルアートの文脈からビートに新たな光を当てる。「僕にとって、ディランの奥には常にケルアックがいます」