名門ウォッチブランド〈ブランパン〉が進める、グローバルな海洋保護プロジェクトとは

スイス腕時計界でも現存最古の歴史を誇る名門、〈ブランパン〉。クラシックな高級ドレスウォッチをはじめ数多の傑作を世に送り出してきたが、その一方で近年、さまざまな海洋保護プロジェクトを地球規模で実施し、支援してきたメゾンでもある。その活動の歴史と今、またそこから生まれたダイバーズウォッチを紹介しよう。

text: Norio Takagi

1735年、スイス・ジュウ渓谷の村ヴィルレに、小さな工房が開設された。主の名は、ジャン=ジャック・ブランパン。これが、現存する最古の時計メゾン〈ブランパン〉の始まりである。ジュウ渓谷は、古くから「複雑時計のゆりかご」と呼ばれ、多様なメカニズムが育まれてきた。これらを現在も腕時計で受け継ぎ、また進化させている。豊富な現行ラインナップを揃えつつケースは丸形のみ、ムーブメントは機械式だけとしているのは、ここらしい老舗の矜持である。

290年もの歴史を持つ同社が成し遂げてきた数々の革新の中には、時計界全体に影響を与えたものも多い。ダイバーズウォッチも、その中の一つだ。優れた防水性、潜水時間が計れるロック機構付きの回転ベゼル、海中でも見やすいダイヤル……これら今あるダイバーズウォッチのスタンダードなスタイルと機能は、1953年に〈ブランパン〉が生み出した「フィフティ ファゾムス」によって確立された。

開発を主導したのは、当時のCEOジャン=ジャック・フィスター。ダイビングを愛した彼は、潜水中に時計を見誤り、あやうく惨事になりかけた自身の経験から、ダイバー専用の腕時計開発を決意した。そのプロジェクトには、フランス海軍潜水戦闘部隊のロベール・“ボブ”・マルビエ大尉らが参画。隊員たちはプロトタイプを着けて潜水テストを繰り返した。こうして1953年、初代「フィフティ ファゾムス」が誕生。モデル名のファゾムスとは当時、使用されていた水深の単位で、日本語では尋(ひろ)。50ファゾムス=約91m防水は、当時のダイビング技術による最大深度であること、またシェークスピアの戯曲「テンペスト」にもファゾムスの言葉が登場することに由来する。

「フィフティ ファゾムス」は、フランスのみならずアメリカとドイツの海軍にも採用され、彼らの要望に応えていくつものバリエーションが作られた。また市販モデルは著名なダイバーたちに愛用され、軍用としても民生用としても大成功を収めたが、1980年にフィスターCEO退陣とともにいったん姿を消すこととなった。

それを復活させたのは、プロダイバーの資格を持つ現社長兼CEOのマーク A.ハイエックであった。彼は2002年にCEOに就任した際、初代「フィフティ ファゾムス」を金庫から発見。豊富なダイビング経験から「これは理想的なダイバーズウォッチ」たりえると直感した。そして翌年、限定復刻モデルをリリース。初代の外観をほぼ再現し、同時にベゼルの目盛りが消えないようサファイアクリスタルで覆い、進化させた。これが大ヒットとなり、それを受けた2007年、「フィフティ ファゾムス」はレギュラーコレクションに返り咲いた。

〈ブランパン〉は、なぜ海洋保護に取り組むのか

新たな「フィフティ ファゾムス」の船出とともに、〈ブランパン〉による海洋保護活動が始まった。マーク A.ハイエックは、「ダイバーズウォッチを生み出したブランパンは、美しい海を後世に残すことも使命」だと考えたのである。彼は、「環境の保護の基盤は、教育である」と信じ、さまざまな海洋環境保護活動を支援すると同時に、世界各地で啓蒙キャンペーンを行ってきた。これらの活動を2014年に統合し、新たに始まったのが「ブランパン オーシャン コミットメント」である。

これはただ海の汚染を憂い、その元凶を断罪する活動ではない。世界中に残る豊かな生物が暮らす海を調査し、生き生きした姿を写真や映像に収めて多くの人に伝え、美しい海の魅力を知ってもらうことを重要な目的とする。

実は「フィフティ ファゾムス」と海洋調査によるドキュメンタリーには、前例がある。1956年にカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した『沈黙の世界』だ。調査の指揮を執ったのは、アクアラングの発明で知られる海洋学者ジャック=イヴ・クストー。彼と2人のカメラクルーは、初代モデルを腕に各地の海を潜行して調査・撮影した。その美しい映像は、観た人の海洋保護意識を大いに喚起した。 

これにならった「ブランパン オーシャン コミットメント」は、すでにいくつもの成果を上げている。2011年から2016年にわたり支援してきた『ナショナルジオグラフィック協会』の「原始の海」プロジェクトの結果として、累計で300万平方キロメートルを超える海域の保護が決まった。

「ゴンベッサ・プロジェクト」とともに続ける挑戦

コモロ諸島で行われたミッション「ゴンベッサI」の様子
2013年にインド洋・コモロ諸島で行われたミッション「ゴンベッサI」でローラン・バレスタは、シーラカンスとのランデブーを実現した。循環式呼吸装置のリブリーザーは気泡や音が出ないため、魚に近づきやすい。

「ブランパン オーシャンコミットメント」の名が生まれる以前の2012年にも、フランス人写真家・海洋生物学者のローラン・バレスタが創設した「ゴンベッサ・プロジェクト」とパートナーシップを締結。2013年にインド洋・コモロ諸島の海に生息する古代魚シーラカンス(現地語でゴンベッサ)の生体に迫った「ゴンベッサI」から、2021年に地中海の水深100mに広がるサンゴの環の謎の究明に挑んだ「ゴンベッサVI」まで、すべてのプロジェクトを支援してきた。

それは、資金援助だけにとどまらない。調査方法などを一緒に考え、さらにハイエック自らが潜水調査に参加した共同プロジェクトと呼べるものである。そして水深100mに生息する生きた化石・シーラカンスや、夜な夜な群れをなすサメの集団など、さまざまな光景を写真と映像に収めてきた。

南極の深海を探査した「ゴンベッサIII」の様子
2015年、南極の深海を探査した「ゴンベッサIII」。これは南極大陸における豊かな生態系を観測し、また地球温暖化の影響を調べるために行われた。
「ゴンベッサV」の調査対象は、南フランスの地中海沿岸。
2019年の「ゴンベッサV」の調査対象は、南フランスの地中海沿岸。いまだ謎が多い、同海域の生物の隠された秘密を明らかにすることが目的となった。

数々のプロジェクト経験から生まれた、ダイバーズウォッチ

こうした「ゴンベッサ・プロジェクト」で、未知なる海の撮影を成功に導いたツールの一つは、呼吸したガスを循環することで3時間もの海中活動を可能とした潜水具クローズド・サーキット・リブリーザーであった。そしてプロジェクトの創設者バレスタは、長年温めてきたリブリーザーダイビングに適した新しいダイバーズウォッチのアイデアを、ハイエックに提案した。

初代「フィフティ ファゾムス」で考案された回転ベゼルによる潜水時間の測定の上限は、1時間。通常のダイビングには十分に事足りるが、3時間潜れるリブリーザーダイビングには向かない。バレスタのアイデアは、この3時間を計る専用針の追加であった。それを〈ブランパン〉の技術者が、プロトタイプとして実現した。時・分・秒の各針と同軸に、3時間周期の針を設置。逆回転防止ベゼルの目盛りも、5分単位で計3時間に改めた。

3時間まで潜水時間が計れるようになったこのプロトタイプを、バレスタと彼のチームメンバーが2021年の「ゴンベッサVI」で身に着け、28日間にわたって水深120mでの潜水を行い、人間工学的な側面や操作性などを検証した。その結果、「フィフティ ファゾムス」誕生70周年と「ゴンベッサ・プロジェクト」10周年をダブルで迎えた2023年に「フィフティ ファゾムス テック ゴンベッサ」としてリリース。ダイバーズウォッチの新時代を再び開いた。

そして2025年、そのデザインは新たなプロフェッショナルダイバーズウォッチに取り入れられた。それが本作、「フィフティ ファゾムス テック」である。

10時位置に備わるヘリウムガス放出バルブが、飽和潜水に対応したプロ仕様である証。ケース素材のチタンには、規範とした前作と同じグレード23を採用する。これは、時計界でもっとも多用されるグレード5チタンに含まれる酸素や窒素などを除去し、より耐蝕性を高めた高性能チタンである。ダイヤルからは3時間周期針が取り除かれ、逆回転防止ベゼルの目盛りは1時間までに改められている。ケースサイズは、2mm小径化。それでも45mmと大きいが、デイリーユースしやすい。

そのケースとストラップの一体感を図るラグ形状は“ゴンベッサ”と同じ。しかし裏側のボタンを押すと、簡単にストラップが着脱できるように改良。ストラップは購入時にブラック、ホワイト、オレンジから2本を選べる。しかもデイリーユース用と、ウェットスーツの上から着けるダイビング用に使い分けられるよう、異なる長さの選択も可能だ。こうして「フィフティ ファゾムス テック」は、真のプロフェッショナルダイバーズを、ライフスタイルの中でより幅広く使えるように、進化させたのである。

フィフティ ファゾムス テック
「フィフティ ファゾムス テック」約120時間(5日間)駆動の、自社製ムーブメントCal.1315Aを搭載。シリコン製のヒゲゼンマイの採用で、耐磁性能にも優れる。径45mm。自動巻き。チタンケース。3,157,000円。

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