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キミは『BLACK IVY』を知っているか?

白人のスタイルと思われがちなアイビーだが、実は黒人にも浸透していた。それを示した『BLACK IVY』が光を当てるのは、黒人たちが独自に進化させたアイビースタイル。著者ジェイソン・ジュールス氏は、この文化のどこに関心を抱いたのか。『AMETORA 日本がアメリカンスタイルを救った物語』の著者であり、メンズウェアの広範な知識を持つデーヴィッド・マークス氏を聞き役に迎え、語ってもらった。

interview: W. David Marx / photo: Satoshi Nagare (book), Sam Binymin (portrait) / text: Keisuke Kagiwada / coordination: Ko Ueoka

ルールがないことが、
唯一のルールである

デーヴィッド・マークス

アイビーというとWASP(アングロサクソン系の白人エリート層)のスタイルというイメージが根強いわけですが、ブラック・アイビーという文化は、いつ始まったのでしょうか。

ジェイソン・ジュールス

1926年生まれのマイルス・デイヴィスは、裕福な家庭で育ち、子供の頃からプレッピーの服を着ていました。つまり、黒人によるアイビー的なスタイルは古くから存在していたわけですが、文化と呼べるまでになったのは、公民権運動が盛り上がりを見せた50年代後半だと私は考えています。つまり、政治的な原動力が必要だったのです。

D

なるほど。ではあなたはいつブラック・アイビーというものを意識したのですか?

J

私はブラック・アイビーという文化を知る前に、自然とそれが生まれたプロセスを身につけていたように思います。私が自分の目指すべきスタイルを意識したのは、子供の頃に俳優のシドニー・ポワチエや公民権運動の活動家たちをテレビで見たことによってでした。とはいえ、最初に憧れたのはミュージカルスターのフレッド・アステアだったのですが。

私が彼の映画に惹かれたのは、慣れ親しんできた世界とはまったく別のものを見せてくれたからだと思います。4歳の子供にとって、それはとてもインパクトがあり、彼を見て私は「おしゃれをしたい」と思ったのです。しかし、より重要だったのは、10代前半の頃に、アウトサイダーの子供たちと、スタイルとは何か?どうやってスタイルを作るのか?また、それがいかに誤解されがちか?といったことを議論したことです。

その経験がきっかけとなり、自分の好きな服を、自信を持って着られるようになった。当時、私はフラットフロントのズボンを穿き、ローファー、ボタンダウンのシャツ、ネクタイを身に着けていました。しかし、それを着ることで目指していたのは、シンプルであることではなく、何か別のものだったんです。

あらゆる人が好きな服を
自由に着られる世界を求め

D

そして、その興味がこの本に結実したわけですね。

J

そうですね。ジョン・ライドンは「怒りはエナジーだ」と言っています。この本を書いた動機の一つは、まさにその怒りなんです。それは、多くの人が思っている「黒人のアイビースタイルは白人の真似だ」という誤解に対する怒りです。

例えば、私がアイビーの服を着ているとして、私がその文化の一員というわけではありません。そして、それでいいのです。また、2008年以降、クラシックな紳士服のムーブメントがアメリカで起こりましたが、それはやがて白人主導の、排他的で、さらに言えば差別的なものへと発展していきました。

進化が、解消されるべきヒエラルキーを再構築してしまったのです。そのような光景を目の当たりにし、ある種のメンズウェアが、排他性とは程遠い懐の深さを持っているということを、私自身の物語を通して伝える必要があると思いました。

それは、メンズウェアに対する偏った考え方を打破すると同時に、私の知るすべての男性たちが、自分が好きな服を着る時に、その理由を説明したり、誰かに謝ったりする必要はないんだと、伝えることでもありました。

D

黒人たちは、アイビースタイルにどんなものをもたらしたと思いますか?

J

アイビーにも自分自身の個性を持ち込めるんだと示したこと。これが大きいんじゃないでしょうか。黒人文化の根底にある「ルールがないのが唯一のルール」という考え方が、ブラック・アイビーにも生かされているのだと思います。

ジャズ音楽は、ルールを破り、境界線を押し広げていくことで、称賛や評価を得てきました。それこそが、ブラック・アイビー・スタイルがアイビーにもたらすものだと思うのです。例えば、マイルスはきれいなシャンブレーシャツに、ボロボロのチノパンを穿き、それを仕事着にしていました。周りの目を気にしない。それが、ブラック・アイビー・スタイルの本質だと思います。

マイルス・デイヴィスと
〈鎌倉シャツ〉の関係

D

このムーブメントを日本の読者に理解してもらうために、アイコンを3人挙げるとしたら、誰になりますか?

J

まず、間違いなくマイルス・デイヴィスでしょうね。それから、俳優のシドニー・ポワチエ。3番目は、やはりジャズミュージシャンですが、ボビー・ティモンズでしょうか。ボビーの20代の頃の写真を見ると、とんでもなくシャープな格好をしているんです。彼はクラシックの教育を受けていて、ゴスペルのような音楽を作っていたのですが、そのスタイルはとてもシンプルでタイトなんです。

D

マイルスについては、この本の表紙にもアルバム『マイルストーンズ』のジャケット写真が使われていますよね。興味深いのは、この写真がマイルスとアイビースタイルの深い関係を示したものであると同時に、今やアイビースタイルのお手本にもなっていること。

実際、日本のシャツメーカー〈鎌倉シャツ〉は緑色のオックスフォードシャツを、マイルスへのオマージュを捧げたものとして作っています。「マイルスのような格好をしよう」というわけです。そういえば、日本にアイビーを定着させたくろすとしゆきは、ジャズのジャケットを通してアイビーを知ったそうです。

また、米軍基地に行くと、白人はみんなとても貧相な服を着ていた一方、黒人のアメリカ人はアイビースタイルのスーツに身を包んでいたと語ってもいます。1950年代、アメリカ以外の国でアイビースタイルのアイコンとなったのは、エリートコミュニティのメンバーではなく、黒人兵士たちだったのです。くろすはそれを“ジャイビー・アイビー”と呼んでいますが、実際の黒人コミュニティのメンバーはこの言葉を使っているのですか?

J

私は自分の本の中で意図的に“ジャイビー・アイビー”という言葉を使いませんでした。というのも、この言葉は既に世間に浸透しており、体制側が所有していると思ったからです。実際、アメリカでは蔑称として捉えられています。だから、私はこの言葉を使わないようにしています。

D

とても興味深いです。ブラック・アイビーの世界を理解するために、ほかに参考にした本や映画はありますか?

J

ノーマン・メイラーが書いた「白い黒人」についてのエッセイ、『夜の大捜査線』『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』といった映画、マルコムXの演説、それからあなたの書いた『AMETORA』も参考にしました。あの本を読んだことによって、自分が考えを本にする価値があると知ることができました。

また、『EBONY』誌に掲載されたジャズ評論家リロイ・ジョーンズのエッセイもその一つ。彼はマイルスについて語り、それだけでなくアルバムカバーについても語り尽くしました。私も家でいつもアルバムジャケットを眺めていたんです。そういったあれこれの影響があり、「ブラック・アイビーについて書くのは私の仕事だ」と理解したんです。

ラッパーたちが受け継ぐ、
ブラック・アイビー的思考

D

この本を書く前から、あなたはブラック・アイビー・スタイルの顔になっているような気がします。現在において、ほかにこの美学を表現している人たちはいますか?例えば、タイラー・ザ・クリエイターはその一員だと見なせますか?

J

タイラーは間違いなくそうでしょう。ただ、アイビースタイルにおいて、彼のようにティファニーカラーのマニキュアを爪に塗ることは、どんな場合においてもあり得ません。だから、タイラーはタイラーなのです。

しかし、クラシックを自分流に解釈することは、ブラック・アイビーのエートスといえるでしょう。また、フランク・オーシャンはあらゆるファッションを取り入れますが、その根底にもシンプルでクラシックなものを自分なりにアレンジするという考え方がある。それは、ブラック・アイビーの「自分の着る服は自分で決める」という考えに連なるものです。

もう一人挙げたいのが、アンドレ3000です。彼は30年代のカレッジファッションにインスパイアされた自分のブランド〈BENJAMIN BIXBY〉を立ち上げました。これは、今年〈ラルフ ローレン〉がHBCU(歴史的黒人大学)とコラボレーションしたことと非常によく似ています。

その目指すところは、「アイデンティティを所有すること」、そして「決められたレールを歩かないこと」の2点に集約されます。いずれにしても、彼らはクラシックやアイビーを、自分なりに解釈しながら取り入れていると言えるでしょう。

フランク・オーシャン、タイラー・ザ・クリエイター、アンドレ300
ブラック・アイビーを現代に継承する者たち。右/変幻自在なフランク・オーシャンは、シックな装いも自分らしく着こなす。中/近年、ストリートとトラッドを融合させたスタイルを築いたラッパーのタイラー・ザ・クリエイター。左/〈シュプリーム〉のモデルを務めた記憶も新しいアウトキャストのアンドレ3000は、サスペンダーの取り入れ方にブラック・アイビーの影響が感じられる。

ルールにとらわれずに、
着たいものを着るべし

D

最後に、ブラック・アイビーのエスプリに基づく着こなしをしたい人に向けて、アドバイスをいただけますか?

J

一つは、「着るべきものや、着てはいけないものなんてない」ということ。「ルールはない」という考え方からスタートする必要があります。しかし同時に、それはほかの人が重んじているルールを破る可能性があることも常に意識しなければなりません。

だから、既にあるアイビースタイルへの尊敬と感謝の念を抱きつつ、しかしそのスタイルで自分を定義しないことが肝心です。スタイルがあなたを作るのではなく、あなたがスタイルを作るのです。

『BLACK IVY A REVOLT IN STYLE』JASON JULES/著

LONDON BLACK IVY SNAP

ブラック・アイビー・スタイルはストリートでどのように実践されているのだろうか?ジェイソン氏に推薦してもらったロンドン・ピープルたちをスナップさせてもらった。

銀行家・Elom Gabr iel
Elom Gabriel(銀行家)/Jacket:Drake's, Shirt:Drake's, Pants:Suitsupply, Bow Tie:Suitsupply (vintage), Shoes:New&Lingwood, Pocket Square:Elavanyo

Q

今日の着こなしのポイントは?

A

フォーマルとカジュアルをうまく組み合わせたつもりです。ストライプシャツのピンク、蝶ネクタイとワイン色の相性もいいですよね。ちなみに、蝶ネクタイは私のシグネチャーです。

Q

自分のスタイルは、ブラック・アイビー的なファッションに影響を受けていますか?

A

外交官だった父は若い頃、アイビールックでした。その後、ジャズのムーブメントなど時代の変化を受けて形作られた彼のスタイルには影響を受けています。

Q

ブラック・アイビー・ファッションの魅力とは?

A

ブラック・アイビーは、昨今の楽でリラックスしたムードとは逆行しています。しかし、きちんとした服装に身を包むことは、まだまだ必要なこと。服装の良し悪しは、その人の振る舞いにも影響します。いい服を着ていれば、あるレベルの威厳や自尊心、他人への敬意を持って行動することができるのです。

俳優・André Larnyoh
André Larnyoh(俳優、ライター)/Jacket:Camoshita, Knit:Trunk Clothiers, Pants:Studio Nicholson, Shoes:Edward Green, Glasses:Ayame

Q

自分のスタイルは、ブラック・アイビー的なファッションに影響を受けていますか?

A

スパイク・リーの映画『モ'・ベター・ブルース』は、90年代のニューヨークのジャズミュージシャンが主人公ですが、テーラードを90年代のスタイルとミックスしていて影響を受けています。ブラック・アイビーと呼べるかも。

Q

ブラック・アイビー・ファッションの魅力とは?

A

過去と現在、未来についてのアイデアをミックスし、個人的なスタイルに落とし込む点です。

Q

ブラック・アイビー・ファッションを象徴するアイテムやブランドはありますか?

A

どこかのブランドが所有できるものではないと思います。この文化に関わる黒人として、どう定義したいかが重要なのです。強いて言えば、デザイナーが黒人で、過去を参照しながら今日、明日に向けた服作りをする〈ウェールズ・ボナー〉でしょうか。

会社員・Niyi Osiyemi
Niyi Osiyemi(アパレル会社勤務)/Coat:Versace (vintage), Knit:Awms, Pants:Monitaly, Cap:Hennerton, Shoes:Alden

Q

今日の着こなしのポイントは?

A

私がスタイリングに関して特に意識するのはフォルムです。背が高いので、ドレープを出すのが好きなんです。あとはテクスチャーや機能性も重要ですね。ヴィンテージや、カラフルな服も好きです。また、スタイリングがモノトーンになる時は、どこかで少し色を差すことを心がけています。

Q

自分のスタイルは、ブラック・アイビー的なファッションに影響を受けていますか?

A

影響を受けているとは言えないと思います。私のスタイルはその時の気分によって左右されるからです。影響が広範囲に及んでいることは間違いないのですが、とりわけブラック・アイビーに影響を受けているわけではありません。ただ、自分が着たいように着ているだけなんです。

歴史家・Matthew J. Smith
Matthew J. Smith(歴史家)/Jacket:Ralph Lauren (vintage), Cardigan:Drake's, Shirt:Kamakura Shirts, Pants:Natalino, Shoes:Florsheim (vintage), Tie:Kent Wang, Socks:Drake's, Glasses:Oliver Peoples

Q

今日の着こなしのポイントは?

A

『BLACK IVY』にも載っているジョン・コルトレーンのシャツを基に作った〈鎌倉シャツ〉のシャツ。

Q

自分のスタイルは、ブラック・アイビー的なファッションに影響を受けていますか?

A

スタイリッシュだった母。彼女に審美眼を養われたせいか、私はいつもドレスシャツのボタンを閉め、スキニーネクタイを締めるというアイデアに惹かれていました。

Q

ブラック・アイビー・ファッションの魅力とは?

A

『BLACK IVY』を読むと、服を自分なりに解釈して、自分なりのスタイルにまとめていることがよくわかります。その感性は、この撮影のためのドレスシャツ選びにも生かされています。夏らしいシャツと思われがちなブロードシャツを再解釈し、冬にふさわしいほかのアイテムと一緒に着こなしました。

ライター・Jason Jules
Jason Jules(ライター、クリエイティブディレクター)/Coat:Close Up And Private × An Ivy, Jacket:Sebago, Shirt:Drake's, Pants:Drake's, Shoes:Sebago, Belt:Garmsville

Q

自分のスタイルは、ブラック・アイビー的なファッションに影響を受けていますか?

A

長い間影響を受けていたことを、年を重ねて理解しました。特に、フォーマルとインフォーマルの中間を行くという点においてです。古着と新品をミックスするのも好きです。なので、従来のアイビーリーグのスタイルとはちょっと異なりますよね。時が経つにつれて、実はこれはとてもブラック的な考えなんだと気づきました。

Q

ブラック・アイビー・ファッションを象徴するアイテムやブランドはありますか?

A

難しいですね。黒人のアイビー活動家たちは、〈ブルックス ブラザーズ〉など既に存在しているブランドを自分たちの服にし、自分たちの意味を持たせたのです。自分にとって正しいと思うものを選び、どのように着こなすかはその人次第なのですから。