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【珍奇の現場】ボルネオ島の珍奇ネペンテス「木登りビーチ」の謎

珍奇植物、珍奇昆虫、珍奇鉱物などの「珍奇シリーズ」の編集を担当する川端正吾さんが、そのビザールな現場からホットな情報を発信!第3回の今回は植物編。東南アジア・ボルネオ島に自生する、珍奇なネペンテスを探索のお話を紹介します。

artwork: keiji ito / photo: Akiko Nagasawa / text: shogo kawabata

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「異形」のネペンテス・ビーチ

〈熱帯動植物友の会〉という植物愛好会の会員で、そこの会報が毎回濃い内容で楽しみにしているのだけれど、その最新号の中で紹介されていた図鑑の裏表紙に目が釘付けになった。巨木を這い上がる様にみっちりとついた“ネペンテス・ビーチ”(Nepenthes veitchii)の写真だ。

ビーチ自体は何度も見たことがある馴染みのネペンテスだったが、こんなふうに茎や枝、そしてピッチャー(捕虫袋)にいたるまでぴったりと樹にべったりと貼りついている姿を見たことがなかった。見ると、記事を書いているのは、長澤亜紀子さんではないか。

『NEPENTHES OF BORNEO/CHARLES CLARKE』
〈熱帯動植物友の会〉の会報で紹介されていた図鑑『NEPENTHES OF BORNEO/CHARLES CLARKE』

もともと愛知県にある植物公園〈デンパーク〉のバックヤードで約3000種類の植物の維持管理をする傍らエキウムの育種なども手がけ、仕事の合間を縫っては南アフリカや南米などのフィールドへ飛び立ってしまうとてもユニークな方。『BRUTUS』の珍奇植物特集でもいつもお世話になっていた。ドライエリアのフィールドを徘徊しているイメージだったが、こんなボルネオの熱帯雨林まで攻め入っていたとは、さすがだ。

早速連絡してみたところ、現在はアメリカの育種専門の会社に所属しながら、国際ブランドの育種家として活躍しており出張中だったのだが、その帰国を待って「木登りビーチ」の話を聞くことができた。今回はその時のお話をしたいと思う。

まるで肋骨のような姿

珍奇植物「木登りビーチ」
長澤さんが5年前に現地で見た「木登りビーチ」。樹幹を葉柄やつるで巻き込んで、ぴったり密着して絡みつく。

長澤さんがあの図鑑の裏表紙を見て、ボルネオのマリアウベイスン自然保護地域に「木登りビーチ」を見に行ったのは今から約5年前の2018年のこと。やはりあの異形の付き方に衝撃を受けたからだった。

「実際、現地で見てみると、貼りついているというか、樹幹を枝で抱き込むような形でぴったり絡みついている感じでしたね。写真だとパッと見、気根かなにかを出して樹幹に貼りついているように見えるのですが、よくよく現地で見るとびっちり絡みついているだけで、貼りついているわけでもなくて」

肋骨のような感じで樹幹を抱き込む木登りビーチ
肋骨のような感じで樹幹を抱き込む様子がよくわかる。

それにしても、このしがみつくように密着して這い上っていく感じは、一般的なネペンテスのそれとはずいぶんと異なる絡み方だ。

「茎はすっと比較的まっすぐ上に伸びているんだけど、葉柄やつるが樹幹をぴったりと抱き込むように絡んでいて。ちょうど人間の肋骨みたいなかたちで。文献では、『ビーチは着生が基本だが、マリアウベイスン産だけは地面から幹に這い上る性質があって、抱き着いてよじ登っている、あるいは自立しているというどちらの見解も正しい』となっています。これを自立している、って考えるのは面白いなって思いましたね」

いざ、自生地へ

垂直なはしご
垂直な崖にかけられるハシゴを登るなどして、延々と急な崖を登っていく行程。

そして、この「木登りビーチ」は、そう簡単には出会えない。ボルネオ島サバ州の州都コタキナバルから350kmくらいのところにあるのだが、バスでマリアウベイスン自然保護地域の入り口まで行き、そこから保護地域内のスタディセンターまで四駆で走って、合計約8時間。そこからさらに6時間登山し続けてようやくたどり着ける場所だ。ここは盆地とそれを形成する外輪山、その外側斜面からなっていて、この外輪山を越えて盆地へ行く形になるので、ところどころほぼ垂直のハシゴも設置されているような急峻な登りが延々と続く。

「自生地近くにネペンテスキャンプと呼ばれる2階建てのロッジがあって、ここで寝泊まりしたんです。まぁ、東南アジアの田舎ではよくあることみたいなんですけど、シャワーはもちろん冷水で、しかもトイレで浴びたんですよ……。振り向けばヒルもいるし。熱帯雨林とはいえ、標高1,000mの夜はかなり寒いので、なかなか大変でしたね。逆に湿度は高いので、洗ったタオルや雨で濡れた服などは全然乾かないし」

ネペンテスの聖地

それでも、その行程にある植物を眺められるくらいの余裕がでてくると、だいぶ気持ち的には楽になってくる。

「たくさんではありませんが、無彩色なジャングルの中でも魅力的な植物はありましたよ。アジアのジャングルは南米のような派手さはないのですが、じっくり見れば面白いものがたくさん見つかります」

そんな中、やっとたどり着いた木登りビーチの自生地は、鬱蒼としたジャングルから一転して、樹高が低く日の光が差し込む熱帯ヒース林となるような場所だった。

「まずネペンテス・ステノフィラが現れて、細めの樹幹には苔が密生し、地面には水苔がびっしり、というような感じの。水苔にはネペンテス・テンタキュラータのピッチャーが埋もれてたりもするネペンテスの群生地です」

ボルネオ島 ビーチの自生地
ようやくたどり着いた木登りビーチの自生地

「そこにいきなり、電柱のような樹幹に大きなピッチャー(ネペンテスの袋状の器官)がへばりついている様子が目に飛び込んできて。茎自体は支えという感じで、葉柄やつるが樹幹の曲面に沿いつくように少しずつ伸長しながら抱き着いていく、というイメージです。また、虫を滑り落とす部分でもある“えり”も上手に細めの枝や自分の茎を巻き込んでホールドしていました。

私たちは完成した「木登りビーチ」を見ているわけですが、実はこの状態までくるのに相当な年月がかかることが、一般的なビーチの生態から何となくわかります。大型になるネペンテスは大きな袋を形成するために茎やつるを太くしたり、また葉を分厚くしたりするため、成長はとてもゆっくりなのです」

しかし、ほかのエリアに生えるビーチはこのような木登りするようには絡みつかないのに、なぜマリアウベイスンのビーチだけが、このような珍妙な姿になるのか?実際、自生地を見た長澤さんの考察はこうだ。

「木登りすることの利点を考えると……それは捕虫率が上がるから?はたまた光合成効率がいいから?茎や葉が毛深いことから、もう少し乾いた場所に行きたい?大型種だからある程度がっちり樹につかないと、袋の重みに耐えられなくて地面に落ちちゃう?とかいろいろ思いつくんですが、でも、それを言ったら、他のエリアのビーチもそうですし。謎ですよね、ホント(笑)。

本には、『マリアウベイスンのビーチは、宿主の幹を包み込む広い葉を使って登る』『他の低地性のビーチは川に隣接した樹木付近でのみ生育しており、これらは細長い葉を持つ傾向があり、木には登らない』と書いてあります。『葉はほぼ平行に幹の表面に対してホールドされる』『巻きついた葉とつる両側2列に形成されたピッチャー(捕虫袋)によっても茎がバランスよく支えられる』とも書いてあるので、えりや葉も木に登るために重要な役割を果たしているのかもしれないと思いました。

自生地でふと思ったのは、「木登りビーチ」は着生種なのに地面を這いまわっていて、樹に当たると登り始めている感じに見えました。これを見て、以前、サトイモ科についての講演会で聞いた話を思い出して。つるなどで着生する植物というのは最初成長がすごくスローで、葉も小さくなかなか大きくなりません。

しかし、ある日よじ登れるような植物が現れる、あるいは近くまで伸びていくと、木の幹などに絡んだり、這ったりして急成長を遂げて葉も大きくなるそうなんです。なので、マリアウベイスンの「木登りビーチ」もそれに近い性質を獲得したのかもしれないなぁと思ったりしました」

マリアウベイスンのビーチだけがこのような姿になる理由は、いまのところ学術的にもまだはっきりと解明されていないようだ。だが、だからこそ、自生地で、この樹を見上げながら、その理由についてあれこれ考えをめぐらせてみるのは至福の時間だろう。この貴重な景色がこの先も残り続けてくれること願わずにはいられない。

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