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アーティスト・和泉侃が作りたかった、独自に蒸留した「希少精油のフレグランス」

淡路島にアトリエを構え、香りにまつわるプロダクトや空間設計に携わるアーティスト和泉侃さん。今回、BRUTUS1000号の企画「あしたのベストバイマーケット」のためだけに、〈畑萬陶苑〉とコラボレーションした磁器ボトルと5種類のフレグランスを制作した。今まで世に出すことができなかったという希少な香りづくりの背景に迫る。

photo & text: Ai Tsushima

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大量生産しない自然に合わせた香りづくり

淡路島のアトリエは香りを吸収する土壁に囲まれ、香りづくりに特化した環境を追求している。

香りで身体感覚を蘇生させることをテーマにアーティストとして活動する和泉侃さん。その仕事は香水やルームフレグランス作りから、ホテルの空間設計や香りの拡散法など目に見えないブランディングまで多岐にわたる。2017年には自然豊かな淡路島の魅力に惹かれて移住。原料の製造や調香を行うためにアトリエを構えた。

「淡路島に移住して改めて気づかされたのは、土や天候によって植物の状態は変わるので、毎年同じものを作るのが難しいということ。素材に向き合うと、その違いやクオリティへのこだわりは無限に出てきて、1つの液体ができるまでのプロセスが複雑になっていきます」

線香の国内生産量約7割を作る淡路島は“香りの島”とも呼ばれ、歴史的にみても香りと縁が深い土地。

中には、植物を採集できても蒸留すると年間5~10ミリ程度にしかならない希少な原料もあるという香りづくりの世界。いいものを作ろうと思うほど大量生産は難しく、取れた量に対して何本分作れるかが決まるという。

「量を確保するのが難しいので、今まで自分が採取した植物だけで香りを作ることはありませんでした。でも、素材の香りはシングルオリジンで出したいくらい、一つひとつがいいもの。そのピュアさを感じてもらいたいと思い、この企画では全て自分で採取、蒸留したものだけを使ってフレグランスを作ろうと決めました」

フレグランスを制作するために和泉さんが自ら採取、蒸留した希少な原料。

〈畑萬陶苑〉とコラボした磁器ボトル

香水は液体ゆえ入れ物がないと成り立たないし、香りは目に見えないからこそ「何に入れるか」で感じ方も変わる面白さがあると語る和泉さん。そして、その価値観を共有できたのが伊万里鍋島焼を継承する窯元〈畑萬陶苑〉5代目の畑石修嗣さんだった。

畑石さんも香水好きということもあり、出会ってすぐに意気投合。〈畑萬陶苑〉が香水瓶を作っていたことに興味を持ち、数年前に初めて一緒に磁器ボトルの型を作った。

磁器ボトルは〈畑萬陶苑〉が制作。クリエイティブディレクター・早川和彦さんがデザイン、植物からイメージした色を手掛けた。

「香水瓶はガラスが主流です。液体を入れるとなると数ミリ単位でもズレがあれば染み出してしまうので、技術的に難易度も高く、焼き物で作っている人はなかなかいないと思います。〈畑萬陶苑〉は全て手作業で焼いているので大量生産することも難しく、とても貴重な作品なんです」と話す和泉さん。

そんな特別な磁器ボトルだからこそ、それに見合った香りを開発するまで世に出さずに温めていたという和泉さん。今回のBRUTUS1000号企画で、自ら蒸留した香料で5種類の香りをデザインすることがきっかけとなり、商品化へと踏み出した。

「この作品が香りに触れる新たなきっかけになれば」と話す和泉さん。

さらに、ボトルデザインを手掛けた〈H inc.〉のクリエイティブディレクター・早川和彦さんが、それぞれの植物をイメージした色作りも担当。絵付け文化が有名な伊万里焼の特徴でもある、天草の土を使った素焼きに塗料をのせることで、絶妙な色合いが表現できたという。そして、ついにオリジナルフレグランス「KAN IZUMI LIMITED FRAGRANCE」が完成した。

希少精油から厳選した5種類の香り

左から順に「EUPATORIUM JAPONICUM」「CITRUS TACHIBANA」「SCIADOPITYS VERTICILLATA」「VITEX ROTUNDIFOLIA」「CHRYSANTHEMUM」

KAN IZUMI LIMITED FRAGRANCE

ショップ名:KAN IZUMI Limited Shop
価格:44,000円

和泉侃は、日々の実制作と並行し、香りのインスピレーションとなる植生、風土や気候の特徴を探るリサーチを行っています。今回は、これまで自身で採取・蒸留した希少精油を5種類厳選し、それをベースに5つの香りをデザインしました。フレグランスを収める磁器のボトルは「畑萬陶苑」の畑石修嗣氏が制作、デザインはH inc.の早川和彦氏が担当。それぞれの植物をイメージした色と香りから、自然の情景を感じてください。

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