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アートディレクター・平林奈緒美が、本当に欲しかった「スチール製のオーガナイザー」を作るまで

仕事にも身のまわりの生活道具にも、ゆるぎない美意識を貫くアートディレクターの平林奈緒美さん。BRUTUS1000号の記念企画「あしたのベストバイマーケット」で作ったのは、「ずっと欲しかった、でも世の中になかった」もの。現在、特設ECサイトで販売中です!

photo: Satoshi Yamaguchi(product), Kenya Abe(report) / text: Masae Wako

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居場所の定まらないモノを整理する「何か」が欲しい

「机の上にいつも散らかる名刺や郵便物やポストイット、すべて使い終わる前に必ずなくなるリップクリームや絆創膏、家の中でしまう場所の定まらないあれこれ。そんなものたちを整理できる“何か”が欲しいとずっと考えていたんです」そう話すのは平林奈緒美さん。〈ARTS & SCIENCE〉〈YAECA〉のディレクションやサカナクションのCDジャケットなどを手がけるアートディレクター/グラフィックデザイナーだ。

「ただ、この手の整理箱はたいてい樹脂製と決まっている。シンプルで変な主張をしない生活用品が増えたけど、重さがウケないのか、スチール製のものがなかなかない。いろんなものが樹脂製に変わっていく中で、自分も含め、意外といるであろうスチール好きのために、スチール製のなんでも箱を作ろうと考えました」

イメージしたのは、ドイツの工業製品のように堅牢でシンプルで普遍的なデザインだ。たとえば十数年使い続けているヴィンテージのファイルケース。スチール製で過剰な装飾のない点が気に入っているが、「新たに作るなら、もう少し頑丈なものがいい」と平林さん。形や大きさも悩みどころ。「A4の書類が入るサイズも欲しいけれど、今回はもっと細かいものを整理できる形状にしようと決めました」

普段使っているボックスや整理ツールをあれこれ見比べながらアイデアを固めた平林さんは、具体的な制作を〈PACIFIC FURNITURE SERVICE〉に依頼した。1988年に創業し、海外のメタル製ボックスやヴィンテージの家具も多く扱ってきた人気ショップ&ファクトリーだ。

機能的で普遍的なデザインを、頑丈なスチールで

平林奈緒美と石川容平
平林さんの事務所で打ち合わせがスタート。

〈PACIFIC FURNITURE SERVICE〉代表の石川容平さんとの打ち合わせが始まったのは2023年11月。平林さんのアイデアを聞いた石川さんいわく、「ごく普通のハコになりそうですが……?」。平林さんの答えは「その“ごく普通”で金属のものが世の中にはないんです」。

平林さんといえば、ポストイットでも水筒でも時計でも、本当に気に入るものが見つかるまで、時間と労力をかけてとことん探し尽くすことで知られている。今回作ろうとしているのは、その平林さんも見つけられない「何か」なのだ。

平林奈緒美
基本はデスクまわりで使うことを想定した。「名刺やメモのほか、ハガキなどの郵便物がストレスなく収まるサイズがいいですね」

「使っているうちにガタついたりするのが大きなストレスになるので、頑丈であることは絶対条件。でも見た目はできるだけソリッドにしたいです」と話す平林さんの言葉に、石川さんも賛同。「プロダクト全般について言えますが、金属製のハコものも、今はアジアの工場で作られていることが多い。ただ、平林さんが思い描くものを実現するとなると、やはり国内の工場で精度高く作ったほうがいいですね」

板をカットして折り曲げて組み立てるのか、それとも金型をつくるのか。板を組み立てるときに小口はどう見せるのか。端は折り曲げるのか切りっぱなしにするのか。そしてスチールの厚さは0.7mmか0.8mmか。その都度見積もりを取り、工場と交渉してサンプルを作って……が繰り返された。

〈PACIFIC FURNITURE SERVICE〉代表・石川容平
「スチールの厚さは0.7mmか0.8mmがいいと思います。それより薄いと歪みが出るかもしれないから」と石川さん。

「機能はあれこれ付けず、固定の仕切りが2カ所あればいい。オシャレ感や味みたいなものは要りません。そのかわり、品番とサイズをエンボスで入れて少しだけキャラクターが出ると良いと思います」と平林さん。色は3色展開で、メインカラーはライトグレー。事務所でも使っているドイツのデザイナー、ディーター・ラムスによる名作棚の色を参考にした。石川さんによれば、「スチールに薄い色を塗装する場合、地の色が透けやすい。何層か塗り重ねないと、きれいに仕上がらない」そうで、こういった点も工場の職人の腕にかかっている。

また、「何個か買える程度の価格にしたい」という点も平林さんの強い希望だった。机まわりだけでなく、細かいものが散らかるところならどこでも使えるから複数欲しい……となると1つ5,000円では高いだろう。こうして打ち合わせを何度も重ね、2カ月半をかけて最終サンプルができあがった。

「Divided Metal Organizer」が完成!

最初のアイデア出しから約4カ月。完成した“スチール製のなんでも箱”を手に、平林さんは振り返る。「行き場のないちょっとしたものというのは家中、会社中にあって、それらを突っ込める箱が欲しかった。入れるものは特に想定しないので、仕切りも動かせなくていいしフタもいらない、自由であって自由じゃない箱。できてみたらとても気に入っていて、あちこちに置きたいから、今度は逆に突っ込めるものを探している始末です」

「シリーズでA4書類を機能的に保管できる箱や、もっともっと小さなものを入れられる箱も欲しい。こういったアイテムは、いつでも買い足せることが大事だと思うので、〈PACIFIC FURNITURE SERVICE〉さんが定番にしてくれるといいな、というのが今の願いです」。

全体の仕上がりや塗装色はもちろん、0コンマ数ミリというエンボスの出っぱり具合まで、最後の最後まであきらめずに制作した本気のオーガナイザー。3色とも、『BRUTUS』1000号「あしたのベストバイマーケット」内のウェブショップ「“METAL ORGANIZER” N.HIRABAYASHI manufactured by P.F.S.」で販売中だ。

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