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服を作る人がいけばなを体験してみたら?〈SEEALL〉デザイナー瀬川誠人さんがバランスウッドに挑戦

木塊を小さなうつわに据えることで重力の可視化を試みるバランスウッド。生地やパターン、縫製を駆使してシルエットや動きを生み出す服作りもまた、重力と密接な関係にあります。そこで、生地開発から丹念に制作するデザイナーの瀬川誠人さんにバランスウッドを体験してもらいました。

Photo: Junmaru Sayama / Text: Toru Watarai

木塊が静かに収まっていく感覚は
服作りのあの瞬間に似ている。

日々の洋服のコーディネートは、もっとも“私らしさ”を知る機会。そこで服を作る人にいけばなを体験してもらうことで両者の関係性を深掘りしたいと、花道家の渡来徹が、同じ鎌倉に暮らす〈SEEALL〉デザイナーの瀬川誠人を招いて、バランスウッドを体験してもらった。

うつわは親指大のものをいくつかと、木塊が数種類、それぞれ用意された。

「うつわ、こんなに小さいんですか! 白い木塊に白い花瓶。黒には黒を……、色合わせを考えたいですね。セットアップ好きなんで(笑)」(瀬川さん)とうつわのサイズに驚きつつ、一つ目の木塊を数分で止めました。その後も「これはハードルが高いなー。こうやって置くとつまらないしなぁ、ただ置いてあるだけになってしまう。高さが欲しい」(瀬川さん)とデザイナーだけあって、見た目のバランスも考えつつ、ひと回り大きなもの、形の歪なものと木塊を変え、うつわを変えては次々にバランスをとっていきます。

「……いやぁ苦しい、息ができない。バランスがこんなに大変だなんて」と瀬川さんが苦戦した取り合わせは、木塊の重心を据えるための傾きとうつわの口縁の相性がよくないものでした。このようにうつわと木塊の接点はバランスをとるためのポイントになるため、軸を掴む感覚が身についてくると案外、口の小さいうつわの方が簡単に止まったりするのです。

加えて木塊を両手で支えて、すべての指をフル活用することで、どの指からも力が抜ける瞬間に気づくことができます。指先のセンサーって本当に優秀。また、木塊にかぎらず両手でクルクル回していると、そのうち物体の中心がどこにあるかだいたいわかってきます。日頃、無意識に物体の軸を起点にひっくり返したり落とすまいと力を加減しているので。こうして見つけた軸/芯をうつわの真上に重ねることでバランスをとるイメージを描くと収まりやすくなります。

地球上に暮らす私たちはみな重力の影響下にあり、いわば重力へのリアクションとしてかたちづくられています。また植物は、重力と反対方向に進むことで光に近づくよう、生きるためにプログラムされていますから、いけばなでも重力をいかに表現するかは大切なポイント、切っても切れない関係性なのです。

ところで服作りにおいて重力を意識することはあるのでしょうか。

「僕らの世界で重力といえばドレープですね、あれは頭の中では作れないデザインです。ある程度イメージやコントロールはできますが、服に仕立ててマネキンに着せてからじゃないと、実際のところはわかりません」(瀬川さん)とのこと。そうして20世紀初頭に活躍したデザイナー、マドレーヌ・ヴィオネの名前を挙げてくれました。

「バイアスカットの女王」の異名を持つ彼女は当時のファッション界に新風を吹き込んだ存在として知られ、「バイアスカットを駆使して、生地の落ち感を巧みに取り入れた先駆者です」と瀬川さんは言います。

では実際にバランスウッドを体験して気づいたことはあるのでしょうか。

「僕の服作りは自分のイメージする生地開発とそれと別軸で進めるデザインから成り立っています。生地とデザイン双方を仕上げて、最後にマトリックスの交わったところを採用してアイテムが完成します。サンプル制作を通じて両者のマッチングを探っていくんですが、この経過と最適解に近づく手応えみたいなものが、バランスウッドの収まっていく感覚に近い気がしました」(瀬川さん)

こうして「めちゃくちゃ面白かったです」と満面の笑みで体験を終えた瀬川さんですが、今回の体験を通じて服作りへのアプローチに変化は生まれるでしょうか!? 瀬川さん宅の裏山には、伐採や倒木で森の循環の中で朽ちていく木の根が少なからずありますから、材料には事欠きません。いつかこの根っこを掘りおこして、バランスウッドをやりたいと密かに目論んでいます。

うつわは小さなもので親指大。大きいから止まる、というものでもない。