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作家・多和田葉子が選書。「国、民族、言語を超えた先にあるもの」を考える3冊

大学を卒業しドイツに渡って38年。現在もベルリンで執筆活動を続ける世界的な作家、多和田葉子。日本語とドイツ語で創作を行い、国境も言葉の壁も超え、いつしか“越境する作家”と呼ばれるようになった。世界中にパンデミックが広まるなか、越境し連帯すること、歴史からの学び、今、作家ができることについて考えてみる。

Photo: Elena Giannoulis (portrait), Kaori Oouchi (book) / Text: Akane Watanuki

新しい連帯の形と同様に作家が重要だと考えるのは、歴史を遡ってみることだ。2度の大戦から学んだヨーロッパはEUという一つの共同体を作り、国境を開いて国同士が緩やかに繋がる政策を取っていた。
作家がドイツに来た80年代は隣国フランスがまだ遠い感覚だったのが、約30年の間にみるみる近づき共に育ってきた。まるで一つの植物のように。

しかしイギリスのEU離脱、そして感染拡大防止で各国が国境を閉じ、今再び国という枠組みを意識せざるを得なくなっている。この状況に越境する作家は何を思うのか。

「14世紀にヨーロッパでペストが流行したときは、ユダヤ人が菌を井戸に入れたからだという噂が広まりましたが、それはデマだった。今回も流行初期には中国が悪いとか、アジア人に近寄るなとか、そういう動きが一部にありましたが、早い段階で抑えられました。
このように、大切なのは歴史を遡り、過去を思い出し、どんな間違いが起こったかを知り、それを繰り返さないこと。

第二次世界大戦においては日本もドイツも敗戦国です。日本は戦後、平和への道を歩き始めたのに、その後ドイツがヨーロッパ化を目指して開かれていったのに対し、逆行して内向きに変わりました。

過去に日本が犯した間違いを、若い世代に伝わらないように教科書の記述を変えたり、歴史学者を学術会議のメンバーから外したり、意図的に歴史を忘れさせようとしている。でも歴史を忘れてしまったら、自分のしていることがなぜ間違っているのかが見えません」

ここ数年は欧米やアジアでも保守派や排外主義が強まる傾向にある。ドイツはホロコーストや東西分裂という負の遺産を忘れずに過去の失敗から学び、改革を重ねているのに対し、日本は保守的な政府主導で歴史解釈を変えるなど、若い世代への影響も少なくない。

「だから作家としては、教科書に載っていないことでも、面白い小説の中に書いてあれば、皆読んで何かを感じてくれるんじゃないかなと思っています」

東日本大震災のモチーフが出てくる小説『献灯使』など、近年の多和田作品には過去の大きな出来事からの影響が感じられ、『地球にちりばめられて』や『星に仄めかされて』には、ある種の近未来の世界が描かれている。歴史という過去、社会という現在、想像という未来の目で、作家は点ではなく線で時間の推移を見つめている。

「今起こっていることはそれ単独ではなく、流れの中の一つの出来事だと理解する。ではこの流れの行き着く先は?と想像すると、未来のことが出てくる。歴史を読むとはそういうことです」

その一例として作家が挙げたのは、アメリカで教えているある先生が、日本から来た学生に「フランス革命を現代から見て、良い点と悪い点は?」と質問したところ、何も答えられなかったという話。

「たぶん良い点は、自由、平等、友愛という精神がこの革命から現れ、それを先人から引き継いで今に繋がっているところ。悪い点はラディカルな運動が起こって、キリスト教教会を破壊したり文化遺産を傷つけたりしたこと。そして革命家が独裁制を敷いたことだと思います。

これは後に起こったロシア革命とソ連との関係にも繋がっていて、労働者のための革命だったはずが、スターリンが登場して独裁制のようになってしまった。このように歴史を常に学んでいたら、未来が想像できるはず。

日本で何かが起こったときに、これは過去のあの出来事と関係があるとか、すると未来はこうなるとか、自然と考えるようになると思うんです。だから日本でももっと歴史の流れを読み、考えることを、あらゆる世代の人々が意識していく必要があるんじゃないでしょうか」

多和田葉子が選んだ、
「国、民族、言語を超えた先にあるもの」を考える3冊。