“心のかさぶた”を剥がすように記憶を掘り返し、物語を綴る
「映画やドラマにおいて、監督業は物語の演出や方向性を示す役割だけでなく、画面に映るすべてに責任を負う立場だと考えています。Netflixシリーズにおいては、ストーリー構成や、自分の頭の中にあるさまざまなビジョンをチーム全体に共有するため、まず“ストーリーバイブル”と呼ばれる物語の設計図を提示することが求められます」
そこには物語のテーマ、キャラクターの背景や相関図、舞台設定、ストーリーのサブテキストなど作品の世界観を表す多岐にわたる情報が集約される。
「この作品では、それぞれのシーンをより印象的に見せるため、色彩を画面全体の秩序で設計しています。具体的には、1つのコンテクスト内で使用する色は2色相以内、印象的なモチーフは補色として差し込むことを原則に、画面全体のイメージを統制していきました」
SNS等で話題を呼んだ“寒竹ブルー”はこうした緻密な計算のもと誕生した。ストーリーの要となる第1話のカット(写真のモニターに映るカット)もその一例。
「ここでは、空の“青”と、草木の“黄緑”の2色相を軸に、作品の鍵を握るライラックの花で黄緑色の補色である“紫色”を差して色彩を設計しています。このカラーパレットを映像にするため、舞台となる北海道各地をロケハンしたのですが、結局理想的なライラックの木が見つからず、広大な牧場に植栽して1年間育ててから撮影しました。スタッフが野生の鹿対策で柵を立てたり、冬季も温度管理に気を配ったりと、大変な思いをしてこの画を完成させてくれました」
ただの一シーンも労を惜しまずこだわり抜く。これが観る人の記憶に残る、絶大な効果を生んでいる。
言葉が内包する情報や意味、歴史が物語の種となる
「また今回は全9話すべての脚本も担当して、なるべく大勢の方に自分と重ねてもらえるよう、『ロミオとジュリエット』や『タイタニック』くらい王道のラブストーリーを描こうと決めていました」
物語が大きく動きだすシーンのロケーションになったラウンドアバウト(環状交差点)にも脚本を色づける重要な意味がある。
「第1話のプロローグからタイトルカットまでの一連のシーンのロケ地にしたラウンドアバウトですが、その言葉を調べてみると“遠回り”という意味があって。途中で合流して、どこかで離れて、逆戻りのできない周回方式はまさに人生そのもの。大人になって初恋の相手と結ばれる本作にもぴったりだと思い描きました。また、今回は特に自分と同じ歳の主人公の物語だったので、私の経験に基づく感情の揺れや肌感が作品の端々に反映されていると思います。もちろん、そのままの出来事を書いたわけではありませんが、かさぶたを剥がしてめくり続けるような作業でした(笑)」
こうして書き上げられた脚本や登場キャラクターは、役者が演じることで魂が宿り、物語は整い、ぐっと完成へと近づいていく。
「長い時間をかけて、一人で書き続けたキャラクターが、俳優によって生きた人間として立ち上がった時、自分が生み出したはずの登場人物がまるで私の手元を離れていくような、説明しがたい喜びがやってきます。この感覚は、脚本デビュー作であるラジオドラマ『ラッセ・ハルストレムがうまく言えない』で池脇千鶴ちゃんが初めて台詞を言ってくれた時や、佐藤健くんのファーストDVD『My color』で初めて映像の監督をした時から変わりません。昔から、このときめきがずっと続いてるから、これまでずっと同じ仕事をやってこられたんだと思います」
MY STYLE 一枚絵として美しい構図と色彩デザインを決める
「光にこだわるのは、映像作品すべてにおける基本です」という寒竹作品ではロケハンに時間をかけることで一枚の絵として美しい映像が作られる。
「Netflixシリーズ『First Love 初恋』では、行く先々でファインダーを覗いて北海道中をロケハンしました。撮影は道外も含め計約250ヵ所。当然、その何倍もの場所に足を運びました」
また、時代背景の演出にもこだわり、過去を描くシーンはフィルムカメラの質感やトーンを追求した。
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