映画そのものよりも、人の心に残ったものを「作品」と呼びたい
「映画製作は、どの局面も作品を整える作業が存在します。むしろ、そこから逃れられない世界なんです。アイデアを絞り、撮影、編集する、ひたすら手間のかかることを繰り返し、自分の頭の中にあるものの正体が徐々に形作られていきます。それがとても楽しみであり、幸せを感じられることだったので、長くそういう生き方を続けてこられました」
長編映画デビューから30年間、数々の岩井作品が世の中に発表されてきたが、それでも映画化に至ったのは原案の3分の1ほどだった。
夕方から2時間の散歩は、脚本をはかどらせ、体を癒やす
「映画製作のすべての始まりは、まず脚本を仕上げることです。これに約1年かけ、配給会社やプロデューサーに自ら売り込んで、ジャッジしてもらい、出資者を募って“この作品をやりましょう!”となり動きだすまでにさらに1年。当然、ボツになることも少なくありません」
配給元は、日本だけにとどまらず、韓国や中国にも。キャリアを積んだ今も映画化に至るプロセスは変わらないという。
「映画化を決めるまでが特に孤独な時間で、一人で脚本を書き進めるのはこの世の地獄のような日々なんです。不甲斐ない自分を見つめる嫌な時期を過ごすため、体のリフレッシュも兼ねて散歩によく出かけます。夕方頃に2時間ほど。すると、何か思い浮かんだり、整理がついたり、さまざまな課題がクリアになっていきます」
映画の世界観は、観た人の解釈により拡張される
「そもそも脚本の取っ掛かりは、“夏をゴクゴク飲みたい”とか観念的なこと。それを膨らませて物語を仕上げるのが、学生時代から私の映画作りの基礎です。長編デビュー作の『Love Letter』は、数年前から寝かしていた“手紙ネタ”を広げて、カラフルな世界を描きました。劇中では、現代のシーンは雪景色を中心に色数を少なく描き、逆に回想シーンはよくあるセピア色な演出は入れずに彩度を効かせています」
担当プロデューサーからは「日本人にしかわからない恋愛模様だね」と評価されたそうだが、これが予想以上にアジアで大ヒット。
「嬉しい反響だったのと同時に、ヨーロッパで生まれた“映画”というフォーマットである以上、日本独自のものを作る難しさを痛感した出来事でもありました」
こういった経験の一つ一つが独学で始めた映画作りの糧となり、1998年公開の『四月物語』からはサウンドトラックを自身でプロデュース。
「作品によって、製作の最終までその正体やゴールの輪郭が見えないことがあります。そんな時に救ってくれるのがサントラです。物語にあるベクトルをつけてくれて、このサントラがハマったなら大丈夫というように映像を成立させてくれます。そうやって、さまざまな要素を統合していくほど磨かれていくのが映画というもの。長い歳月をかける映像製作で、何を盛り込んだら自分の気持ちが失速せずに最後まで伴走できるかを問い続け、どこで納得するか。そこがある意味、作品のゴールと言えます。飛行機のように遥か彼方まで飛んでいかなくとも、せめて紙飛行機のように結構先までもってほしい。そのように作品とは向き合っていきます」
映画公開が一つのゴールではあるが、観た人の解釈によって作品はさらに色づけられる。
「悲喜こもごもに至る非常に抽象的なものを映像で表現するため、それ自体よりも、観た人それぞれの心に残ったものを“作品”と呼びたいし、そうであってほしいと思っています。私が生み出したものが1つでも、1万人が観たら1万通りの作品がある。その機会を得る立場にいるのが幸運すぎることだと感じます」
MY STYLE 気分をリフレッシュさせ、感性の若さを保つために
独特な感性から生み出される岩井作品だが、「最も感受性が豊かなのは生まれて間もない頃。だから私も衰えていくと感じています」という考えから、感性の若さを保つために、できるだけシンプルに、憧れを持って初心を忘れないように心がけているそう。その一つがギターだ。
「一つクリアしたら、また次という具合に上達を目指しています。ギターを弾くことは、仕事の息抜きにもなる。ほかに油絵や語学も。常に課題を探して、それに取り組む気持ちを大事にしています」
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WHAT’S AUGER?→《ヘアターバン》
昔からヘアスタイルが変わらない岩井監督は、「顔を洗う時は、たまに髪を束ねることもあります」ということで、《ヘアターバン》をおすすめしたい。糸の中に空気を取り込む特殊な撚糸工法“スーパーゼロ”を用いるため、滑らかでフカフカ。締めつけ感が少なく、ソフトに髪をホールドする。
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