口に含んだ瞬間に立ち上る、ジャスミンに似たフローラルな香り。喉を伝った後には再びその華やかなフレーバーが鼻腔をかすめる。2度も香ることで、飲み口が爽やかな〈アサヒ 颯〉。〈アサヒ飲料〉が2023年4月に12年ぶりに投入した緑茶の新ブランドは、従来のペットボトル系緑茶飲料では楽しめなかった花のような芳香で話題を呼んでいる。
その華やかなフレーバーの開発には、一人の人物の存在が不可欠だった。日本にわずかしかいない茶師の最高位・十段に輝く京都〈放香堂〉の酢田恭行さん。彼との邂逅なくしては、〈アサヒ 颯〉の最大の特徴である2度立ち上る香りは生まれなかったという。〈放香堂〉の仕事で、京都・和束(わづか)の自社農園で茶栽培を手がける傍ら、適切な合組(ごうぐみ)*1 を施して自店の銘柄の風味を安定させるのが日課という酢田さん。
また茶師としての知見を広めるべく、新たな品種が生まれるたびに全国を飛び回って風味を確かめる。同じ品種でも産地でテロワールが異なるため、その差異も満遍なくチェック。寝ても覚めてもお茶のことばかり考えているという。
日本茶の可能性を追求すべく心血を注ぐ酢田さん。だが日本茶に触れ続ける日々の中において、いつも頭の片隅には“萎凋(いちょう)茶葉”の存在があったという。
昭和には庶民のお茶だった萎凋茶葉。失われつつある茶葉の可能性にかける
「萎凋茶葉とは摘み取られたあとにしばらく静置する中で萎しおれてしまった茶葉。その間に空気に触れて程よく微発酵 *2 したものは、葉緑素のクロロフィルは減少するものの、反比例してフローラルなフレーバーを放つという長所があります。しかも製茶したものを飲むと、この香りが2度も立ち上がる。昭和の半ば〜後半頃は製茶の技術や能力が今ほど発達していなかったため、製茶するまでに時間がかかり、その間に微発酵してしまう茶葉も多くありました。この微発酵茶葉を製茶、合組して販売するのも普通だったんですよ」
現在ではテクノロジーの進化で、摘んだ茶葉は当日に製茶できるようになった。だが京都は生産ラインが小さな工場も多く、いまだに微発酵茶葉が健在なのだとか。
「とはいえ、日本の緑茶の総生産量の0.02%を占めるのみ。微発酵茶は特有の素晴らしい香り、花香を持つのに、業界においては新茶のようなフレッシュな香りが良いとされるため、その良さが伝わりづらいのです。これをなんとか復活させたい。そう考えていた時に〈アサヒ飲料〉さんから、〈アサヒ颯〉監修のご依頼をいただきました」
主力商品《十六茶》の香り高い飲み口で定評のある〈アサヒ飲料〉。ゆえに独特の花香を持つ微発酵茶葉は、新ブランド立ち上げの目玉として大いに魅力的に映ったという。
「2度香るように、〈アサヒ飲料〉さんと何百回と試飲を重ねました。また茶葉は微発酵させると渋味成分のカテキンも減少するために、喉越しが良くゴクゴク飲める、すっきりとした風味に仕上がったとも感じています」
そう話す酢田さんには、〈アサヒ 颯〉とともに叶えたい夢がある。それは微発酵緑茶を昨今ブームになっている「和紅茶」に並ぶ、日本茶の新たなジャンルに育て上げることだ。
「昔は愛飲されていた微発酵緑茶の花香は、多様化の進む現代において多くの人の心に響くはず。再びそれが脚光を浴びることで、日本茶業界全体を盛り上げていきたいと考えています」