寂れた街でゼロからのスタート。アートシーンを盛り上げるミュージアムを巡る
済州島のノースサイド、間近に海を望むエリアにタプトンという街がある。様々なショップが集う、いわばカルチャーの発信源だ。
この地のランドマーク的存在が〈アラリオミュージアムタプトンシネマ〉。そこから車で5分ほどの街トンムンにも、同じくアラリオの美術館が2つある。
10年以上にわたり、界隈のアートシーンを引っ張り、街そのものの魅力を引き出してきた。しかし「実はオープンした頃、つまり10年ほど前はこのあたりに出歩く人はほとんどいなかったんですよ」と、キム・ジワンさん。ミュージアムのディレクションを務める、アラリオの副会長だ。
「だから美術館の外観は赤一色に。赤は石垣に咲いた野草からインスピレーションを受けました。明かりが消えたように見えたこの街にアートを通して生命を吹き込もうという志を込めています」
そもそもアラリオはジワンさんの父でアーティスト、そして世界的アートコレクターでもあるシー・キム(キム・チャンイル)さんが創業。ソウルに続き、2014年に〈タプトンシネマ〉をオープンした。
展示作品のほとんどはシー・キムさんのコレクション。つまりは私設美術館なのだが、その充実ぶりはとても個人の手によるものとは思えない。オープンを機に制作を依頼したという彫刻家・名和晃平の作品に、アンディ・ウォーホルのマドンナ、ナム・ジュン・パイクのビデオアートも。
「多くがアーティストの若手時代の作品です。創作の初期衝動が詰まっています。これこそがアラリオのコレクションの特徴の一つです」
〈モーテル1〉には現代アートの異端児チャップマン兄弟の作品をはじめ、小粒ながらもインパクトのある作品を収蔵。〈モーテル2〉には、韓国の父親像を彫像にし、30代半ばで亡くなったアーティスト、ク・ボンジュの作品が一棟を埋め尽くす。
ところで〈シネマ〉や〈モーテル〉という名は、建物のかつての姿を示している。つまり片や元映画館、片や元モーテル。どちらも構造自体はそのままにミュージアム用にリニューアルしている。
「本当は建て直した方が早いし安上がりなんです(笑)。でも、そうしなかったのはこの土地ならではの歴史を残したかったから。そして持続可能な街づくりの象徴的存在になってほしいという願いから。この約10年でタプトンの街には人が集まり、独自のカルチャーを生み、発信するようになりました。美術館はもちろん街全体を楽しんでほしいですね」。
そう、街が大事。実際、タプトンには一日では味わいきれない魅力が詰まっていた。