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アートを集めるということ。『ハーブ&ドロシー』のドロシーが語る、アート蒐集の喜び

公務員の夫婦でありながら、結婚生活の間に4000点以上のアート作品を集めたハーブとドロシー。ハーブが亡くなって1人で暮らすドロシーに、アート蒐集の喜びについて振り返ってもらった。

Photo: GION / Text: Yumiko Sakuma

アートを買うことは、
私たちにとってはお祝いのようなもの。

Q

アートを集め始めたきっかけはなんだったのでしょう?

A

ハーブと結婚したとき、アートのことは何も知らなかった。ハネムーンでワシントンDCに行ったとき、ナショナル・ギャラリーに連れていってくれて、展示について詳しく解説してくれました。それをきっかけに私もアートに興味を持つようになったのです。

その頃すでに、ハーブはコレクションを始めていて、そこから少しずつ増えていくようになったのです。最初に買った作品はピカソのリトグラフ。
ハーブのアートを見る目は確かで、一方で私にはいい耳があって、彼の知識を吸収することができました。アートを蒐集する行為は、私たちにとってとても自然で、とても簡単なことでした。

私は運命というものを信じているけれど、私たちはアートを集める運命だったのだと思います。もちろんアートを集めるためにはいろんな努力が必要ではあったけれど、すべてが自然なことだったし、楽しかったのです。

Q

何を買うかはどうやって決めていたのでしょう?

A

ハーブが1人で買ってくることもあったけれど、だいたいは、アーティストのスタジオを2人で訪れて、ゆっくりおしゃべりしながら何を買うか決めました。
かつてアーティストがスタジオを構える地域は、治安があまりよくない場所だったり、はしごを使って上っていくような場所もあり、一つ一つの作品に冒険のストーリーがあった。

アートを所有することだけじゃなくて、そのプロセスが重要でした。アートを見るということは、ハーブと2人でする行為だったから、彼が亡くなってからアートの世界からは離れてしまった。今はたまに友人とミュージアムに行くくらいです。

Q

コレクションするときの決め事や約束事はありましたか?

A

「2人が気に入る」ということ以外にルールはありません。もちろん、家に入る大きさで、自分たちの手が届く値段の範囲で、ということですが。

Q

意見が合わないこともありました?

A

どちらかといえばハーブは派手で大胆なものが好きで、私は知性に訴えるものが好きだった。
例えば、ハーブはリンダ・ベングリスが好きで、私はソル・ルウィットが好きというように。

でもハーブはいつも私の意見を尊重してくれたし、いつも2人の意見の間に妥協点がありました。50年以上一緒にいたけれど、アートでもめることはなかったです。

Q

情報収集はどうやって?

A

私たちがアートを集め始めた頃、ニューヨークのアート界は今よりずっと小さかった。ハーブ自身もアートを作っていたし、アーティストの友達が多かったので、だいたいはクチコミでした。
ソル・ルウィットと親しかったから、彼の紹介で多くの人々に出会いました。もちろん新聞やアート雑誌で情報を得ることもありましたね。

Q

2人にとって「良いアート」と「良くないアート」の基準はどこに?

A

誰かが「この世に悪いアートは存在しない」と言っていたけれど、私もその意見に賛成です。判断の基準は、自分が好きか、好きじゃないかだけで。

私たちが好きなアートにまったく反応しない人もいるし、趣味は人それぞれです。ナショナル・ギャラリーが、私たちのコレクションを気に入り、所蔵してくれたのはよかったと思っています。私だけでは管理できませんから。

Q

アートを集めていて、一番楽しい瞬間とは、どんなときでしたか?

A

アートを買って、家に持って帰ってくるときが一番楽しかったです。アートに限らず、何か好きなものを発見して、それを手に入れると人は興奮するでしょう?
アートを買うという行為は、私たちにとってはお祝いのようなもので、作品を買うたびに、言葉にできない達成感があったし、興奮したものです。

Q

展覧会のフライヤーやポスターまで残しておいたのはなぜなのですか?

A

ハーブは記録することの重要性を信じていたから、アートに関するものは捨てさせてくれなかった(笑)。
最終的には雑誌や新聞は処分して、私信や学術的な価値のある資料は寄付しました。

Q

コレクターの資質として、どのようなことが大切なのでしょうか?

A

資質といえるかわからないけれど、私たちはモノを捨てることができない性分でした。2人とも日用品を多めに買っておく性分で、「いつか必要になるかも」と思うと物を買ってしまうし、捨てられない。

ハーブが亡くなったとき、使い切れない量の綿棒があるのに気がついて、ハリケーンが起きたときに寄付しました(笑)。「なんでこんなに?」ってびっくりされましたけれど。

Q

作品を売らなかったのはなぜ?

A

アートを集めるという行為自体が、私たちにとっては「アートのプロジェクト」だったから、早い段階から売ることはしないという暗黙の了解がありました。利益を上げるために始めたことじゃなかったし、子供がいないから最終的には寄付するつもりでした。

私たち2人とも公的機関で働いていたから、コミュニティに還元したいと思っていたのです。
でも人生には何が起きるかわからないから、ナショナル・ギャラリーにコレクションを任せたときに、不測の事態が起きたら、いくつかの作品だけ売ることもできるオプションを残してもらっています。

Q

コレクションのなかに、特にお気に入りの作品はありますか?

A

私たちにとっては、考えるプロセスを経て集めた作品がすべてお気に入りだったから、その質問をされるたび「そのとき見ているもの」と答えています。

アートコレクター・ヴォーゲル婦人
50年以上も暮らしているアップタウンのアパートで出迎えてくれたドロシー。コレクションは寄付したが、部屋はハーブの作品やポスターで飾られていた。

Q

今はなにかを集めていますか?

A

本は読み切れないほどあるし、捨てられないけれど、それくらいですね。

Q

映画では「自分にはお気に入りの本とチョコレートが一箱あればいい」とおっしゃっていましたが?

A

今もそう思っています。糖尿病を患ってしまったので「お気に入りの本とシュガーフリーのチョコレート」になってしまったのは残念だけど(笑)。

Q

これからアートを集めたいと思っている人たちに何かアドバイスがあれば。

A

自分が買える範囲で好きなものを買うこと。金銭的に無理をしないこと。私たちは、私の収入で家賃や生活費を賄って、ハーブの給料は年金とアートに使ったの。旅行することはなかったけれど、アートを買うために無理はしませんでした。

何を買うべきかわからなかったら、自分の好みを信じること、そしてドローイングのような、比較的、手の届きやすいところから始めるといいと思います。