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名作住宅から考える、巨匠建築家たちの寝床論

モダニズム期に活躍し数々の名作住宅を設計した、巨匠の建築家たち。一見するとシンプルすぎる寝室でも、よく見ると実はバリエーション豊か。その理由と楽しみ方を、代表的な住宅の寝室をもとに解説します。

text: Jun Kato / edit: Kazumi Yamamoto

巨匠建築家は、いかに寝室を設計したのか?

文・加藤 純

取材で住宅に訪れると、まずは全体を一巡するように施主や建築家に案内していただく。玄関を入り、リビングやダイニング、次にキッチンや水まわり。そして最後に寝室となるが、ほとんどの場合は長い時間とどまることがない。

寝室はほかの居室に比べて説明することが少なく、またプライベートの度合いが高い空間という認識があるためだ。お互いになんとなく気を遣って寝室から出て、扉をそっと閉めることになる。

現代の住宅で“顔”となる見せ場といえば、リビングやダイニング。ゲストが訪れるときに滞在する、なかばパブリックなスペースである。例えば天井が高く、大きなガラス窓から外を眺められるような居室のイメージ。一方で、普段は家族だけが使う寝室がメインの見せ場になることはほとんどない。

外向きの顔となる居室と内向きの寝室の関係は、モダニズム建築の時代から引き継がれているといえるだろう。巨匠の建築家たちが活躍した背景を踏まえて、彼らが設計した寝室を見ていこう。

モダニズム建築がもたらした革新的なシンプル寝室

20世紀に入って花開いた、モダニズム建築。巨匠の建築家たちは住宅においても名作を次々と生み出し、時代とスタイルをリードした。しかし寝室だけを取り出すなら、素っ気ない造作と仕上げが施された、決して広くない空間であることがほとんど。身体を横たえて休むためだけの“寝床”という表現がふさわしいように思えてくる。

動物の巣として寝室を捉えるなら、人が目をつむってほとんど動かない就寝中は広いスペースを必要としないし、吹き抜けを設けるなどユニークな空間とするニーズもない。静かで適切な温度と湿度が保たれ、心地よく眠ることができれば十分といえる。それでも巨匠の建築家たちが取り組んだ寝室は、それぞれが革新的といえる。

モダニズム建築の特徴はざっくりといえば、明るく清潔でスッキリしていることにある。近代より前の石やレンガ造りの建物では、部屋は暗く空気が滞りがちで、部屋の行き来をするときの動線は煩雑で非効率になる傾向にあった。コンクリート・鉄・ガラスという新時代の素材と技術は、光にあふれて風を通し、衛生的で機能性が高く、合理的な空間づくりを叶えた。それは寝室でも同様である。

建築家たちが設計した明るくシンプルな寝室は住宅全体のなかでメインの空間ではなかったにせよ、当時の人々の眼によほど新鮮に映ったはずである。

巨匠の建築家たちが求めた寝室の源泉と発展形

モダニズムの建築家たちが寝室を設計する際、原型として頭に思い浮かべたのは、ベルサイユ宮殿のような王宮の寝室よりも修道院の僧房であったであろう。瞑想や祈りをし、そして身体を休めるための最小限で禁欲的な空間。

建築界で最も影響力のある建築家ル・コルビュジエは、フランスの地で実際に修道院を設計する機会を得て、同じプランが連続する僧房をつくった。バルコニーに面した大きな窓からは太陽光が存分に入り、周辺の緑豊かな光景が窓の外に広がる。幅は成人男性が両手を広げた長さ、天井高は片手を上げたときの高さで、身体のスケールに合った親密な雰囲気がある。

フランスのカトリック・ドミニコ会の修道院
Le Corbusier ラ・トゥーレット修道院(フランス/リヨン)
1960年竣工。カトリック・ドミニコ会の修道院で、修道士のための瞑想、学び、祈りの場として設計された。急な斜面に柱を立ててピロティでコンクリートの建物を持ち上げ、最上階にある100の僧房、下階にある礼拝堂、食堂などがアトリウムや中庭を囲む回廊で結ばれる。
僧房の広さはコルビュジエ考案の身体にもとづく寸法体系「モデュロール」により、幅1.83m・奥行き5.92m・高さ2.26m。洗面器とベッドとデスクが備え付けられている。
photo:VIEW Pictures / アフロ

同じくコルビュジエが自身と妻のために設計した休暇小屋でも、光と景色の取り入れ方、また身体スケールは重要視された。コルビュジエは「私はそこで幸せな修道僧のように生活をしている」と表現し、「この休暇小屋の住み心地は最高だ。そして自分はたぶんここで一生を終えることになるだろう」と語ったという。最小限・最低限でありながら無限大の広がりをもつ寝室空間を、コルビュジエは僧房をもとに達成したのである。

本能と理性の間で揺れ動く寝室というユニークな空間

合理性を追求しつつ、自然との一体感や土地に根ざした安心感を求めたのは、フランク・ロイド・ライトである。〈タリアセン・ウエスト〉で寝室にも現れる壁のコンクリートには砂漠の敷地にある岩石を使用し、丸い石や角ばった石が埋め込まれている。現しとなっている骨太の梁(はり)も風景と呼応した存在感を放ち、荒野における精神的な拠(よ)り所となっている。

フランク・ロイド・ライトがデザインした〈タリアセン・ウエスト〉
Frank Lloyd Wright タリアセン・ウエスト(アメリカ/アリゾナ州)
1937年に竣工した後、増改築を繰り返す。フランク・ロイド・ライトの自邸兼スタジオとして家族と弟子、また建築学校の学生が共同生活を営む。広大な自然の景色を取り込む計画、砂漠の敷地で採れる石をレッドウッドの型枠に入れてコンクリートを流し込んで固めた壁、セコイアの梁(はり)が現れるワイルドで大地と一体になるつくりは、寝室も同様。
photo:Alamy / アフロ

ミース・ファン・デル・ローエが設計した〈ファンズワース邸〉ではガラス張りの大きなワンルーム空間で、寝室でさえも仕切ることなくリビングやダイニング、キッチンと連続させた。ベッドスペースとリビングの間は可動式の家具を置いただけ。ミースは住まいという枠を取り払う理念を突き詰めた結果、寝床をとうとう部屋の外に引っ張り出し、寝室を消失させてしまった。

ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエがデザインしたファンズワース邸 内観
Ludwig Mies van der Rohe ファンズワース邸(アメリカ/シカゴ)
1951年竣工。シカゴの西に位置する町プレイノの緑豊かな川沿いに計画された、週末住宅。床が地面から持ち上げられ、四周をガラスで囲われた内部空間に身を置くと、宙に浮いたような感覚に。キッチン、浴室、トイレを納めた中央の「コア」以外には壁や間仕切りがないワンルーム空間で、図面には室名が記されず、ベッドは東側に置かれている。
photo:VIEW Pictures / アフロ

メキシコ出身の建築家、ルイス・バラガンは住宅や部屋を祈りや瞑想のための場所として捉えていたことから、自邸の各所にはキリストや聖母子などの宗教画や彫刻が飾られている。静寂に満ちた寝室は、精神性や宗教性を色濃く反映する空間となっている。

ルイス・バラガンがデザインした自邸 内観
Luis Barragán ルイス・バラガン邸と仕事場(メキシコ/メキシコシティ)
1948年竣工。メキシコシティ郊外に立つバラガンの自邸兼スタジオ。通りからは目立たないが、内部ではピンクや黄色などカラフルな色を使い、自然光による陰影、吹き抜けや中庭などを取り入れて独自の世界観が展開されている。2階の客室には、上下2段になった観音開きの板戸があり、少し開けると十字架の形をした光が室内に差し込んでくる。
photo:富井義夫 / アフロ

北欧の巨匠、アルヴァ・アアルトが設計した自邸は、周囲の自然環境との調和や柔らかさを感じる天然素材の使い方で世界中で人気のある住宅だ。プライベートな2階では家族だけのリビングと寝室をつなぐ機能性も含めて、現代の住宅のお手本のようなプランニング。アアルト夫妻のデザインした家具や造り付けの造作、照明器具に囲まれた、心落ち着く空間をつくり出している。

建築家たちはモダニズムの理想を追い求めつつ、寝室は身体に密接に関わることを踏まえて発展させていった。さらに個々人が抱く理念や精神性が密接に結びつき、それぞれに唯一無二の空間が現れている。巨匠建築家の住宅は、寝室の扉を開けて“内向きの顔”をつぶさに観察するなら、外向きの目立つ表情とは異なる側面が見えてくるに違いない。

シャルロット・ペリアンがデザインした〈レ・ザルク〉
Charlotte Perriand レ・ザルク(フランス/サヴォア県)
モンブランに面した広大なゲレンデをもつスキーリゾートとして1967年に建設され、69年に最初のレジデンスが竣工。シャルロット・ペリアンは約20年にわたって全体を統括し、空間構成や設備、内装、備品に至るまでプロデュースした。ユニット化したバスルームとキッチンに連結するサロンと寝室は、外の景色を最大限に取り入れるように設計。
©Bridgeman Images / amanaimages ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2024 E5474