Blu-rayなどの高音質盤で愛でる
演奏と音楽家の素顔
奥田泰次
いい音の音楽ドキュメンタリーというのは、いくつか種類があると思います。例えば、古い時代のものでも国営放送局や大手レコード会社が、ライブや制作現場を記録フィルムとして、しっかり保存している。そのため、いい状態の映像や音源が数多く残っていて。
荒内佑
高音質ではなく、当時のリアルな音の響きというか。
奥田
そうですね。例えば『グレン・グールド 27歳の記憶』(廃盤)とかね。名門・コロンビアスタジオで演奏している様子が収録されていて。整えられたマイク録音の音源より、むしろスタジオ内の響きがリアルに伝わってくる。
荒内
この作品は、グールドのありのままの姿が記録されているところがいい。演奏しながら声を出すところは、今やグールドの特徴の一つになっていますが、映画のナレーションでは「そういうノイズを拾わないようにマイキングをする」とか、ナレーションが入っていて。プロデューサーに陰口言われているシーンがあったり。
奥田
美談になりすぎているドキュメンタリーはつまらない。ライブ作品はちゃんとしたシステムで収録をしているから、音がいいのは当然。
しかし、ドキュメンタリーなら密着しているカメラの前で、音楽家が普段見せない姿が垣間見える作品の方が魅力的。音も素に近く、脚色しすぎていない、そのミュージシャンと音楽に寄り添った作品がいいですね。
音楽家が望んだ音質
荒内
人間的なところにもスポットが当たっている作品なら、ビル・エヴァンスの作品。音楽的に紳士的な印象だけど……。
奥田
人は裏切るし、薬で歯はボロボロで(笑)。でも、マイルス・デイヴィスとの出会い方など、音楽家としてただ者じゃない感じ。
演奏シーンに関しては、録音機材は旧式のものだと思うけど、データが保管されていて。過度に作り込んでいない分、エヴァンス本人が出したい音がダイレクトに伝わってくる感じがする。

荒内
ライブの魅力をそのまま伝えるという意味では、トーキング・ヘッズ『ストップ・メイキング・センス』が大好きなんです。当時のバンドのソリッドな演奏が収録されている感じなんです。
奥田
リーダーのデヴィッド・バーンの『アメリカン・ユートピア』が、今でもヒット中だけど。
荒内
『アメリカン〜』の編成は、ここ何年かツアーをしていて、ライブ動画など少しだけ観ましたが、演奏がうまいというか、きれいすぎる。ガッカリするのが怖くて、『アメリカン〜』が観られないままなんですね(笑)。
奥田
屈折した愛情だね(笑)。

大迫力のライブを記録するには
荒内
ビヨンセ『HOMECOMING』は配信だけど、迫力がありますね。
奥田
鼓笛隊を従えた大所帯のバンドで、音響的にも素晴らしい。演奏者全員にマイクを付けている可能性もあるけど、ライブシーンで一番重要なのはアンビエンスマイク。
観客の歓声や拍手など、会場の全体を狙って収録し、ラインで収録される演奏の音にミックスして、臨場感を出すんです。

荒内
見事にコーチェラの会場の熱狂具合がすごく伝わってくる。ボアダムス『77BOADRUM』は、NYの公園で77台のドラムが一斉に演奏を始め、一つのリズムになっていく。迫力がすごくて、思わず涙が出てきた。圧倒された感じ。
奥田
あの作品こそ、主にアンビエンスマイクが活躍していたと思う。喧騒や会場の音も集音して。映像も相まって、迫力があった。
荒内
77人の参加者に、ヤマタカEYEさんがコンセプトを説明するシーンなど、普段謎に包まれたEYEさんが優しそうにお話しする姿などが観られたのは、ドキュメンタリーならでは。

奥田
『ジェイ・Z フェイド・トゥ・ブラック』は、引退公演を中心に収録したエンターテインメント作。人気絶頂の時だったし、予算に余裕があったと思うんだけど、舞台裏のシーンのインサートなど、スピード感のある構成が面白いし、音響もすごくいい。まったく飾らないジェイ・Zの器の大きさが印象に残る。
荒内
ラッパーのドキュメンタリーは自分を大きく見せようとする作品が多く、面白いものが少ない。
奥田
ジェイ・Zは制作風景も含め、ありのままの今をさらけ出しているから、なおさらかっこいい。レコーディングスタジオで、ビートを聴きながら、頭の中で言葉を組み立て、リリックを紙に書き出すことなく、いきなり録音を始める。かなり衝撃的なシーンで、一緒に仕事しているラッパー一同、アガっていましたね。