教えてくれる人:溝井裕一(関西大学教授)
はじめに〈スペルロンガ〉をご紹介しましょう。イタリアのナポリ近郊にある「養魚池」と呼ばれる池です。水族の飼育、特に繁殖と観賞用に使われました。紀元前1世紀頃のローマ時代にできたとされています。水族を愛(め)でる文化は古代から存在するんですね。
でもこれは「水族館」ではありません。「水族館」にはただ観賞できるだけでなく、水界の生態系を再現できるシステムが必要です。そのシステム、つまり「アクアリウム」ができて初めて「水族館」は成立します。その発展に貢献し、命名したのがイギリスの博物学者フィリップ・ゴス。
彼が集めた水族が一般に公開された場が〈フィッシュハウス〉。1853年、ロンドン動物園にできた世界初の水族館です。壁に大きな水槽、室内に小さな水槽が整然と並ぶ、シンプルなものでした。以来、ヨーロッパ各地に水族館が誕生します。
中でも当時の雰囲気を伝えるのは、67年に開催の〈フランス・パリ万国博覧会付属の海水水族館〉を報じた新聞。その特徴は壁から天井にかけてすべてが水槽に囲まれていること。単に観賞するだけでなく、水界という異界に没入できるように設計されています。内部をグロッタ風、つまり洞窟のようにしたり、ゴシック建築のようにデザインした館も。
72年にできたイギリス〈ブライトン水族館〉はその一つ。またヨーロッパ的なものとして1910年完成の〈モナコ海洋博物館付属水族館〉も挙げましょう。時のモナコ大公で、海洋学にも熱心だったアルベール1世の後援で誕生しました。内部は、まるで宮殿のように壮大な建築です。
ショー的なニューヨーク、竜宮城を思わせる日本
ヨーロッパで誕生した水族館はアメリカ、日本に渡っていきます。最も早い例は〈フィッシュハウス〉の4年後、1857年にニューヨークの〈アメリカ博物館〉の中にできた〈オーシャン・アンド・リバー・ガーデンズ〉。手がけたのはP・T・バーナム。映画『グレイテスト・ショーマン』で描かれたサーカスの興行師です。シロイルカ目当てに何千もの人々が集まったといいます。
76年には〈グレート・ニューヨーク水族館〉が完成。イラストが示すように海獣をはじめ様々な水族が展示されたうえ、研究室併設の本格派でした。いずれにせよ、見せ物的に大型動物を展示していました。
日本初の水族館は82年上野動物園内にできた〈観魚室(うをのぞき)〉。外観はいかにもヨーロッパ譲りのグロッタ風ですね。室内は10の水槽が整然と並ぶ簡素な造りで、展示は淡水魚メインでした。本格派が誕生したのは97年、神戸でのこと。
第2回水産博覧会のときに造られた〈和田岬水族館〉です。海水水槽はもちろん、没入感のあるジオラマ展示もありました。なにより大きなポイントは最新の水循環システムを組み込んだこと。ドイツで学び、設計した飯島魁(いさお)によって日本の水族館の基礎ができたのです。
彼はその後〈浅草公園水族館〉〈堺水族館〉の設計にも携わりました。中でも1903年に誕生した〈堺水族館〉はヨーロッパ風の外観の屋根にシャチホコ、フランス風の庭園に龍女の噴水塔といったように、西欧と日本の文化をミックスした造りが特徴的。竜宮城のモチーフがあしらわれるのは日本ならでは。
戦後のテーマパーク化と、現代のローカル化
第二次世界大戦後、最も世界へ影響を与えた水族館の一つがフロリダの〈マリンスタジオ〉。その名の通り、映画の撮影スタジオとして造られました。そのため見せ方に大きなこだわりが。革新的だったのは「オセアナリウム」の導入でした。
水族を種ごとに展示するのではなく、海の中同様に飼育し、観賞できるようにしたんです。そのうえ、なにより大きな影響を与えたのはイルカショーの誕生です。52年、3年にわたる調教を経て初のショーが開催されました。
こうした流れの中で、水族館はより娯楽色を強めていきます。象徴的なのはディズニーランドの広報責任者なども携わり、サンディエゴで64年にスタートしたテーマパーク〈シーワールド・サンディエゴ〉。
最後に、現在世界的にとても高く評価されているカリフォルニアの〈モントレーベイ水族館〉について。特徴は、モントレー湾の生態系を再現していること。珍しい生き物を連れてくるのではなく、土地に根差した展示をしているんです。水槽の美しさは世界一と言っても過言ではありません。
このように200年弱で多様な変遷を辿った水族館。今後はより一層、水系の環境や動物保全活動への貢献を求められています。