Watch

Watch

見る

音楽の作り手が考える、アニメソングの愛される条件。冨田明宏 × 岩崎太整 〜前編〜

アニメが人々の心に残り、愛される作品になるためには、主題歌や挿入歌、劇伴など音楽も大切な要素になる。作品とともに愛され続ける「アニソン」とは一体なんだろうか。作り手である冨田明宏さん、岩崎太整さんが、その定義や、時代ごとの移り変わりを語る。


初出:BRUTUS No.888「WE LOVE 平成アニメ」(2019年3月1日発売)

photo: Shota Kono / text: Saki Miyahara

時代ごとに移り変わるアニメソング

岩崎太整

僕たちはいわゆるジャンプ黄金期世代。当時のジャンプを開けば、今やレジェンドになっている漫画家たちが揃って描いていて、そのアニメを観るという少年時代を過ごしました。

冨田明宏

僕も昔からアニメが好きでした。でも僕たちの世代って、アニメは中学生くらいで一度卒業するものという共通認識がありましたよね。

岩崎

そうですね。

冨田

小学生までアニメを観て育ち、中学生くらいになるとモテたいと思い始めたり、ほかの趣味ができたりして、高校生になる頃には、アニメを観ていると恥ずかしいという感情があった気がします。

僕たちの世代で、中高生でアニメが好きという人は、民放で放送しているものだけではなく、OVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)というジャンルを観ていました。しかし、それはだいぶマニアックだと周りに思われるので、よほど仲のいい友達じゃないとその話ができませんでした。

岩崎

90年代の終わりは、まだ作品に触れる方法がテレビかレンタルビデオ店でしたよね。レンタルビデオ店に行って、自分でアニメを借りるハードルの高さは存在していました。OVAの作品はたくさん出ていたけど、それを借りてアニメを一気に観る文化は、まだその当時は秘めた趣味という認識があったと思う。

冨田

そうなんです。当時はアニメを放送している時間帯が朝か夕方しかなかった。「オタク」とか「アニメ好き」と呼ばれる層が拡大されたのは、2000年代に入りアニメが深夜に放送されるようになってからのこと。

アニメ放映の主戦場が深夜になってから、作品の方向性が大人向けになり、音楽の受け皿が大きくなりました。僕がアニメソングの面白さを再発見したのも2000年代の頭くらい。深夜に音楽性の高いことを、こういう作品でやっているんだと目の当たりにしました。

岩崎

平成に入ってアニメの主題歌は随分変わりましたね。かつては「タイトルを連呼する」ような歌が主流でした。

冨田

昔はタイトルや主人公の名前、必殺技が必ず歌詞に入っていましたね。

岩崎

それが変化していったのが、昭和の終わり頃に『シティーハンター』の放送が始まったあたり。エンディングテーマを劇中から流してしまうという。あれは発明でしたね。

『シティーハンター』
『シティーハンター』
1987年から88年によみうりテレビ、日本テレビ系列で放送された。原作は週刊少年ジャンプに連載された北条司のコミック。アニメ版の監督はこだま兼嗣。天才的スイーパーである冴羽獠がパートナーの槇村香とともにシティーハンターとして裏世界で活躍するストーリー。

©北条司/NSP・読売テレビ・サンライズ

冨田

実写ドラマの手法なんですよね。

岩崎

そして、昭和が終わって平成に入り『YAWARA!』で平成アニメソングの幕が開いたと個人的には思っています。驚きました。「アニメの曲がこんな洒落てていいの?」って。

『YAWARA!』
『YAWARA!』
1989年から92年までよみうりテレビ、日本テレビ系列で放送された。監督はときたひろこ、アニメーション制作はマッドハウス。原作は週刊ビッグコミックスピリッツで連載された浦沢直樹の大人気コミック。主人公の猪熊柔は天才女子柔道家。世界的に有名な柔道家である祖父に鍛えられるが、普通の女の子になりたいという思いも捨てられない。葛藤を抱えながらも、恋をしたり、ライバルに出会ったりと、様々な経験をしながら、オリンピックを目指す青春柔道ストーリー。

©1989 浦沢直樹、 スタジオナッツ/小学館
©浦沢直樹、 スタジオナッツ/小学館

冨田

本当に衝撃的でした。

岩崎

ポップスの歌手がアニメの曲を歌って、それがチャートに入るようになり、そのあたりからアニメの主題歌が市民権を得るようになったと思います。普通に聴いていて恥ずかしくない曲になっていったんですね。

冨田

昭和の方が「アニソンとはこうあるべき」というのが定義しやすかったのかもしれません。

岩崎

平成になってタイトルの連呼をやめ、楽曲そのものの良さを追うようなものも増えていきました。そのなかで『マクロスF』で使われた「星間飛行」「ライオン」などは、楽曲が作品と同じレベルで認知されるようなものでしたね。

『マクロスF』
『マクロスF』
2008年にMBS、TBSほかで放送された。『マクロスシリーズ』の25周年記念作品として制作され、総監督は河森正治。音楽は菅野よう子が担当。

©2007 ビックウエスト/マクロスF製作委員会・MBS

冨田

「ライオン」は、10代の子たちもカラオケで歌うし、シンガーのオーディションで歌う子も多いです。でもその子たちに話を聞くと、アニメは観たことなかったりするんですよ。

岩崎

結構昔の作品ですからね。

冨田

15、16歳の子たちがオーディションでこの歌を歌うのが不思議なんですが、これは完全に曲が一人歩きしているからでしょう。

岩崎

近年の愛されるアニソンの萌芽という感じがしますね。

現在のアニメソングは思いやりの塊

冨田

岩崎さんもいくつかのアニメの劇伴を手がけていますね。実写とアニメで音楽のつけ方は変わるものなのですか?

岩崎

基本的には変わらないけれど、実写よりアニメの方が音楽が幅広い気がします。実写の場合は、ドラムの音が嫌がられるんです。リズムが鳴った瞬間、MVみたいに見えちゃう。お芝居のテンポ感をドラムは決定してしまうことが多いんです。でもアニメは意外と耐えられる。

冨田

たしかに、アニメには普通にドラムが使われていますし、四つ打ちの曲もある、ビートだけで作る曲もあります。ドラムを使えなかったら『血界戦線』の劇伴は厳しいですもんね(笑)。

『血界戦線』
『血界戦線』
2015年にMBS、TOKYO MX、BS11で放送された。原作は内藤泰弘によるコミック。音楽は岩崎太整が担当。17年に第2期の放送が始まり、東宝から『TVアニメ「血界戦線  EYOND」オリジナルサウンドトラック』が発売された。岩崎が世界中を回り、音源素材を集めながら作られ、ジャズやブルースなど様々な音楽ジャンルで構成されている。

©2017 YN/S, B3&BP

岩崎

そうそう。僕はドラムが好きだから使いたいのですが実写で四つ打ちを使ったら、そのシーンだけ特別な、かなり恣意的なシーンに見えてしまうことがあります。

冨田

アニメの場合、足りない説得力を埋める役割が音楽にあると思います。躍動感を実写よりもわかりやすく演出しなければならないので、そこをドラムやビート、グルーヴが担っているのかもしれないですね。

岩崎

そうかもしれないですね。『ひそねとまそたん』の主題歌、劇伴を担当した時は、今の主流のアニメソングの文脈ではない方法を使おうと思い、オーケストラや和楽器の要素を入れました。

『ひそねとまそたん』
『ひそねとまそたん』
2018年にTOKYO MX、BSフジほかで放送された。総監督は樋口真嗣。オープニングテーマは福本莉子が歌う「少女はあの空を渡る」(第2話から第7話)、「少女はあの空に惑う」(第8話から第11話)。作詞は原作者の一人の岡田麿里。作曲・編曲は岩崎太整。サウンドトラックはワーナー・ブラザース ホームエンターテイメントから発売。

©BONES・樋口真嗣・岡田麿里/「ひそねとまそたん」飛実団

冨田

ああいう曲がアニメに使われるのはとてもいいと思います。今のアニメソングは、いろんなジャンルが音楽性として盛り込まれているといわれながらも、なんとなく画一的なものが多くなっているという雰囲気があって。

岩崎

そうですね。

冨田

テンポが速い。サビ頭で始まる。タイトルは叫ばないけれど、聴いたらアニソンだとわかる曲ですね。誰も規定していないけれども、自然と生まれたルールに倣っている感じはなんとなくあります。

岩崎

曲としては同じではないけれど、構造としては画一化している。アニメの主題歌は、BPMが140を下ることはほぼありません。だからかなり高揚感があります。そして、転調からは絶対に逃れられない。

冨田

逃れられないですね。映像の場面が変わるから、緩急をつけたくて。

岩崎

単純に言えば飽きさせない構造ということですね。イコライザーを使って、5Kあたりの音の帯域をすごく上げています。5Kとは高音域で、ここを上げると音がバキバキに聞こえるんです。

アニメソングはそれを多用している。そういう作り方が多いので、曲の骨が似ることは多いですね。

冨田

アニメを作る側は、作品を3ヵ月間観続けてもらわないといけないから不安もあるのかもしれません。だからオープニングでもフックを作りたい。さらにライブで演奏した時もお客さんに盛り上がってほしい。そんな思いがアニメソングには詰まっています。

岩崎

すごく日本人的だと思います。今のアニメソングがそういう形になったのは、誰かが始めた手法を真似ているわけではないと思うんです。とにかく派手に見せたい、聴かせたい。

アニメを観てほしいという思いやりがそうさせていった。アニメソングがすごく面白いのは、作曲家の音楽性よりも、思いやりを詰めに詰め込んだ結果、バキバキのものが出来上がっていったところにあると思います。

冨田

アニメーションをつけやすく、タイトルを乗せやすく、サビでキャラクターたちが集いやすく、とか。僕が担当する時も、アニメの作り手への思いやりを無意識に込めている気がします。

岩崎

アニメの音楽を作っている人、みんないいやつなんだと思う。「なんとかしてあげたい」という思いが凝固した結晶が、今のアニメソングという気がします。

冨田

だからこそ特殊で面白いという言い方もできると思います。