2022年に創業60周年を迎えた〈オーディオテクニカ〉。その記念として、昨年開催されたイベントが『Analog Market』。自社のプロダクトである音響機器をはじめ、様々なカルチャーから「アナログなもの」を五感で体験し、「アナログ」を理解できるイベントだ。
昨年に引き続き、今年も会場となったのは、青山ファーマーズマーケット(国連大学前広場)。レコードを中心に、骨董/アンティーク、古着、クラフト、アート、インテリア、フレグランス、観葉植物、魚、オーガニックフードなど、つくり手の心がこもった「アナログなもの」を、店舗やワークショップなどを通して体験できる、蚤の市が出現。
作り手の真摯な姿勢が伝わってくるアナログなプロダクト
中でも、早い時間から行列になっていたのが〈Deep Listening Room〉。会場内に、「時間」をテーマにした6つの視聴スペースを設置。例えば「21:30 ベッドの中」や「00:00 頂点で」など。設定された時間にぴったりなレコードと、そのムードに合わせた香りをフランスの老舗フレグランスブランド〈D'ORSEY〉がセレクト。「4:30 不意打ち」における、静かながら刺激のあるフレグランスに、ディアンジェロ『Voodoo』という絶妙な組み合わせ。会場にいるのに、思わず寝室にいるような気持ちに陥るため、思わず長時間、足を止めてしまう人も多かった。人間の最もアナログ的な感覚である聴覚、嗅覚、視覚を刺激される、非常に貴重な体験になった。
〈Deep Listening Room〉の中央には、〈オーディオテクニカ〉が創業してから60年以上にわたり培ってきた音響技術、厳選されたカスタムパーツによって製作されたヘッドホンアンプ/プリアンプを中心としたハイエンドオーディオシステム「鳴神(NARUKAMI)」のブースを設置。その名前は、自然の力の表れである“雷鳴”や、日本の伝統文化における「鳴神(ナルカミ)」から命名されたもの。ヘッドホンアンプ/プリアンプ『HPA-KG NARU』は伝統的な日本庭園のイメージを凝縮。枯山水を想起させるパーツデザインのほか、真空管とトランス部分を保護するカバーには綾杉模様を取り入れた、和洋折衷のモダンなデザイン。そして徹底的にアナログにこだわっており、低中高の各音域のバランス、空間的な響きなど、細部まで行き届いた音質。これらすべてに、〈オーディオテクニカ〉の音響技術と職人の叡智が集められている。
イベント当日、『鳴神(NARUKAMI)』のシステムを使って、荒井由実「ひこうき雲」のレコードを試聴した。まずは、イントロの澄み切ったピアノと、凛とした美しい歌声から、近くで曲を演奏していると錯覚するような、空間的な奥行きを感じることができた。そして、サビの部分。普段、自宅などで同曲を聴いているときは、つい歌のメロディに気を取られてしまいがちだが、『鳴神(NARUKAMI)』のシステムで聴いてみるとピアノ、オルガン、ストリングスの音が、それぞれはっきりと独立して聴こえてくる。アナログの音響技術の可能性を存分に感じられる試聴体験だった。
鮮魚に古本に古着まで。“アナログ”なものが表参道に集結
また、多くの人の注目を集めていたのが、フードエリア『Fish Shop』に出店されていた対面式鮮魚店『魚屋の森さん(寿商店)』のキッチンカー。YouTubeやSNSで魚食の魅力を発信している『魚屋の森さん』こと森朝奈さんが、『Analog Market』にうってつけかつ、激レアな「ホワイトキングサーモン」を入手。
まずは、アラスカの漁師であるブルース・ゴア氏が、注文が入ってから海へ漁に出る。鮭を捕獲した2時間以内に、血流を促進するために、一匹ずつマッサージを施してから血抜き。頭を落としてドレス状態にしてから即冷凍。鮮度を保つため、手間隙をかけまくるため、全世界流通量は僅か0.001%未満。しかし、森さんはアラスカを訪問し水産資源などについて学び、アラスカシーフードの大使に就任したことから入手できたという。
今回の『Analog Market』2日目では、メガレア級のホワイトキングサーモンを、イタリアンレストラン〈San Ciro〉のシェフ・赤津達郎さんが、普段からファーマーズマーケットでも人気の農家〈Ome Farm〉と〈Green Basket Japan〉でとれた野菜を使用し、特別メニュー「アラスカ産ホワイトキングサーモンの低音スモーク 酢橘のクリーム添え」に。
いわゆる鮭特有の臭みはまったくなく、豊潤な味わい。今まで食べてきたものとは一線を画す味わい。あっという間に完売してしまったのも頷ける一皿だった。
三軒茶屋の“衣食音住美”をコンセプトにした複合型店舗住宅〈ろじ屋〉の古着店から古物店。「本と出会うための本屋」の〈文喫〉がセレクトしたデッドストック本。手のひらに載る、なんともかわいいサイズの古物を取り扱う〈物百〉など。そして、アンビエントやジャズなど、独自のセレクトで音楽好きから高い信用を得ている〈Kankyō Records〉など。「アナログ」というコンセプトに共感する店舗やクリエイターが数多く参加。
シカゴソウルの伝説的プロデューサーを振り返る、ドキュメンタリーを上映
青山ファーマーズマーケットから会場を移し、骨董通りを抜け、円形ホールとミュージックバーを擁する「BAROOM」へ。ここでは、アース・ウィンド&ファイアーやミニー・リパートンなど、数々の伝説的な作品に携わった伝説のプロデューサー、そして作曲家であるチャールズ・ステップニーのドキュメンタリーフィルム『Charles Stepney:Out of the Shadows』を日本初上映。
現代では驚くような簡素かつアナログな機材を、工夫しながら使用した地下室レコーディングの秘話から、独自のオーケストレーションの秘密など、1960年代以降のシカゴ産ソウルミュージックが、どのようにして生まれ、発展していったのか、数々の証言をもとに検証していく貴重すぎる作品だ。
また、この作品は、現在シカゴのジャズシーンを支えるレーベル「International Anthem」の愛情溢れるサポートによって実現したもの。地元で生まれた音楽に敬意を表していて泣ける。上映後には、冨田ラボこと冨田恵一さん、音楽評論家の原雅明さんによるドキュメンタリーと、不世出の巨匠によるアナログな作品についての解説で、イベントは盛況のうちに幕を閉じた。