新しい技術や発明＝「知財」で
未来の世界を妄想スケッチ
「αGEL（アルファゲル）という、触感が自由に変えられる新素材があります」と言われて、パッと何に使えるか思い浮かべられる人はいるだろうか。しかし「パンダを触ったことはありますか？ αGELを使えば、あのパンダの感触を再現できるんです」と言われたら、興味を引かれる人も多いのではないだろうか。例えば、左上の「さわれる動物園」と名づけられたイラスト。これは新規事業を生み出すための知財データベース『知財図鑑』のコンテンツの一例だ。
そもそも“知財”とは、研究や開発などの知的活動によって生み出された財産的な価値を持つアイデアのこと。これらは模倣や盗用を防ぐため、企業にしろ大学にしろ、積極的に公開されていないケースも少なくない。『知財図鑑』はそこに着目し、「なぜ生まれたのか」「なにがすごいのか」「なにができるのか」といった解説を加えた“図鑑”形式で公開。さらに、その知財が応用されたシーンのイメージを自ら「妄想」し、イラストでビジュアライズして発信している。
『知財図鑑』編集長の荒井亮さんにこの形式にした理由を聞くと、「知財の話はどうしても専門的で複雑になりがちなのですが、なるべく端的に“ものすごく軽い”とか“瞬時にできる”と伝えることで、多くの人に知財のすごさを知ってもらいたくて、明快な“ビジュアル”と“わかりやすい文章”による、図鑑という形式を選びました。
プニプニもペタペタも触って実感。
パンダやシロクマの感触を想像し、どんなに触りたいと思っても、安全性の観点から実際に動物園で触れ合うことはできない。しかし、αGEL（アルファゲル：シリコーンゲル）を使えば、プニプニやペタペタといったリアルな動物の「触り心地」を体験できる。それが「さわれる動物園」だ。さらに、XR（VRやARなどの総称）技術を掛け合わせることによって、オンラインで接続した遠隔地の動物園での体験も可能に。もともとαGELは、衝撃吸収性、防振性、温度特性、耐久性を持ち合わせ、硬度や反発性をコントロールすることができる素材として電子機器やスポーツ用品で採用されてきたが、触り心地に着目したところがポイント。
もう一つのポイントは、この先、この技術や社会がもっと進歩すれば、こんな世界が実現するんじゃない？という我々の妄想や仮説をイラストで表現することで、いわば“未来予想図”のスケッチになっていることです。
知財の“財”という言葉の通り、知的財産は地球や社会にとって宝の山のようなものです。これを研究者だけでなく、僕らのような非研究者、つまり一般の人たちに広く知ってほしい、という思いもあります。これらの知財に可能性を感じて、企業の新規事業部門や行政の担当者が“あ、これ、やってみようかな”と思って、知財を社会に実装してもらうきっかけとなれば、と」。
冒頭の新素材「αGEL」をはじめ、『知財図鑑』は新しい、時に情報の波に埋もれてしまった知財をどのようにして見つけ出すのか。キュレーション機能を担い、社内外のクリエイターや理工系のエンジニアなどで構成される「知財ハンター」たちが注目しているのは「特許」だという。
「例えば『J−PlatPat』という特許情報のプラットフォームがあります。ここでは技術者や発明家はもちろん、世界的な企業がどんな特許を取得しているのかが一般に公開されているので、“これが次の新製品に搭載される技術かな”という見方もできます。詳しい設計図や計算式もありますが、概要を見ればそこまでの専門知識がなくても理解できるように書かれているので、知財に興味を持ったらぜひ一度見てみてほしいです」
まだそれほど世の中に流通していない研究成果や新素材、幅広い領域のテクノロジーをカバーしている『知財図鑑』を見れば、未来の生活を少しだけ垣間見ることができる。荒井さんは次のような学びを期待すると言う。
「知財は研究者の視点を通じて未来に思いを馳せる最良のツールだなと感じます。私たちのコンテンツに触れることで自分も何か研究したいと思ったり、調べたり、勉強に向かう気持ちになったりしてくれたらうれしいです」
耳慣れた言葉ではあるが、どこか遠い世界のことだと思っていた「特許」。こうして『知財図鑑』を通してみると、我々の仕事や普段の生活をアップデートするヒントや学びになることも多そうだ。
知財 魚の鮮度測定テクノロジー→妄想 フードロスゼロ鮮魚店
正確な保存状態から最適レシピの提案まで。
スーパーの売り場に並ぶ魚の鮮度を見分けるのは素人には難しい。しかし「鮮度測定」という技術を使えば、紫外線カメラを装着したカメラで魚眼を撮影し、死後経過時間を正確に測定することができる。保存状態や賞味期限を把握した店員さんが、この魚はお刺し身向き、こっちはフライ向きなど、最適なレシピの提案をしてくれたら、どの店でも仕入れた魚を無駄にすることなく、フードロスという社会課題も解決できるかもしれない。
知財 二酸化炭素回収装置「ひやっしー」→妄想 農家お助けロボット「逆人間」
自宅から気軽に遠隔で農業を。
複数の化学反応のサイクルによって、空気中のCO2のみを単離できる技術が生み出した二酸化炭素回収装置。人間の出すCO2を吸収するだけでなく、エネルギー原料となるメタンを生成することにも役立つ。未来のビニールハウスでは、CO2を吸って生きる農家お助けロボット「逆人間」が活躍し、自動で空気をコントロール。さらにアバターとして操作できるようになれば、後継者不足を補う人材として活用もできるだろう。
知財 高速ブロックチェーン→妄想 トレーシングボール
商品の製造工程をすべて重さに換算。
ブロックチェーンとは、ネットワークで発生した取引履歴をブロックと呼ばれる単位で生成し、チェーンのようにつなげていくことでデータベースとなる技術。デジタル上の記録のため重さはないが、商品を購入する際に完成までのプロセスを加味したうえで判断する社会になった時に、チェーンと連動して「プロセスの重さ」を体感できるトレーシングボールがあれば、かかった労力や排出したCO2などが実際に重みとして体感できる。
知財 音声解析AI→妄想 二十面相黒板
授業の演出までする頼れる先生の相方AI。
最近では、AIによる「音声認識」の発達により、授業中の先生の声をリアルタイムに自動でテキスト化できるようになった。今後さらに進化すれば、黒板は様々な人格を持ち、コメディアンとして先生の相方になったり、凝った演出をしたり、あるいは自ら熱血教師として授業をすることも可能になるかもしれない。そうなれば、先生や生徒の特性に合わせるだけでなく、地域や時間帯にも最適化した授業が行えるだろう。
知財 味覚シンセサイザー→妄想 味覚を感じる4D映画
あの映画のシーンが口の中でも味わえる。
すでに開発されている「味覚シンセサイザー」は、様々な音色を操るシンセサイザーのように、装置を舌の先端に当て、好きな味を自由に再現できる味覚版ディスプレイのこと。この技術を応用し、映画のシーンに合わせて味の疑似体験ができる「味覚を感じる4D映画」が誕生すれば、映画の中に出てくるおいしそうな料理だけでなく、登場人物が殴られた時に出た血の味まで体感でき、映像表現の可能性が大きく広がる。
知財 VR無限回廊→妄想 東海道五十三次・超長距離散歩
江戸の景色をタイムスリップ気分で。
VRゴーグルを装着し、江戸の町を再現した映像の中をぶらり。錯覚効果を利用したVRシステム「VR無限回廊」を使えば、狭いスペースを周回しているだけなのに、真っすぐ歩いているような疑似体験ができる。この技術を応用すると、かつて旅人が約２週間かけて歩いたという東海道495.5㎞を、タイムスリップ気分で楽しく安全に、自分のペースで歩くことができるだろう。新しいウォーキング健康法としても注目だ。
知財 人工サンゴ礁→妄想 地球生態 コロニー・タワー
時空と生態系を超えた未来型の共生空間。
海洋生態系の専門家であるアクアリストのノウハウと、最新のIoTやAI技術を組み合わせることで、サンゴ礁の生態系を人工的に再現する知財が「人工サンゴ礁」。現在は完全閉鎖環境での人工産卵成功を目指し、研究が進んでいる。さらに環境移送技術が発展すると、海洋生態系をも再現した、超巨大水槽の共生未来都市も夢ではない。水生生物と地上生物が共に暮らすような、未来型の共生空間がいつの日か実現するかもしれない。
