松浦弥太郎
今日はやさしさと会社について考えたいのですが、その前に、みなさんから見た自社の特徴を語っていただけますか。
森山雄貴
弊社ホームページを開くと、まず「世界中の人々を魅了する会社を創る」と出てきます。でも魅了するって何?いきなり概念的すぎてよくわかりませんよね。
松浦
ふふ。まあ、そうですね。
森山
実は社内で飛び交う会話にもファジーな言葉が多いんです。採用やマッチングにまつわるサービスを開発し提供する会社なので、「人々の可能性を拡げる」とか「誇りを持って」と頻繁に口にする。でも誇りって何?これも抽象的ですし中途入社のメンバーからは“よくわからんから説明して”と言われます。でも私たちはそれ以上は説明しないんですよね。それは、自分でその言葉を意味づけし、考え、自分なりの文脈を作り出すことで、その仕事や言葉が豊かな広がりを持つことを大切に思っているからです。
松浦
面白い。正解を掲げれば、個々がじっくり考えることなく共有した気になってしまう。相手にとってやさしくはないですね。
平井雅史
アトラエには、「Atrae IS Me.」という言葉がありまして。決して、誰かに依存したり、他人任せにしたりするのではなく、常に全員がアトラエを理想の会社にしようと考え、挑戦しています。その実態は、とても厳しいし鍛えられる。
加賀れい
働き方で言うと、新型コロナウイルス感染拡大以前からリモートワークが当たり前で、マレーシア在住で働いている人もいれば、一日4時間就業の人もいる。子供と一緒に出社しても愛犬と一緒に働いてもいいし、オフィスのバーではいつでもお酒やコーヒーが飲めるんです。自分が信じる価値を実現したいと強く思っている人が、無駄なストレスなく活き活きと働ける。まず、そうした環境を作れば、結果は後からついてくる、というのが創業時からの考え方です。
松浦
つまり「自分で」「答えを考え」「行動する」ことが基本にある会社で、みなさんはそれを誇りに思っているんですね。
加賀
はい。若いメンバーも同じだと思います。先日、ゴミ箱のペットボトルの中に紙屑が入っていることに気づいた子が、分別の配置をあれこれ工夫して、そういう間違いが起こらないようにしたということがありました。
松浦
いい話じゃないですか。犯人捜しをするんじゃなくて、自責的に考えて改善したのが素晴らしい。犯人捜しをせずに解決するって、僕は本当に貴重な“やさしさ”だと思うし、仕事の根本はそういうことだと思うんです。否定することをモチベーションにする人も多いけれど、そこからいいものは生まれません。
その働き方の先に、何が起こるの? その仕事は世の中をどう変えるの?
松浦
アトラエではCEOやCFO、CTO以外の役職がなく、全社員フラットな立場だそうですね。
平井
はい。「このデザイン、ダサくない?」と思っても上司には言いづらい、みたいなことが一切ありません。序列がないから忌憚なく意見を言える。だからサービスがどんどんブラッシュアップされるしリカバリーも早い。
森山
フラットだからこそ、社内の違和感にはみんな敏感です。なんだか仕事がうまく回ってないとか、誰かが問題を抱えてるようだと感じた時は、すぐに集まって話をします。
平井
互いの仕事だけでなく生活や考え方も尊重するDNAがありますね。弊社では半年に1度表彰制度があるのですが、前回は僕が個人賞を受賞しました。実は5年前、「しばらくは家族のために時間を作ろう」と決意して、生活の軸足を育児に移す仕事のやり方に変えたんです。当然、就業時間は減りました。でも、そのことを周りのメンバーが自然にサポートしてくれたこともあり、結果的にパフォーマンスが上がったんです。個人賞の評価は会社全体のメンバーがそういう働き方を認めてくれたということ。アトラエという企業のやさしさを感じるし、これからもそういう人が活躍できるようになればいいと思います。
森山
情報共有が徹底しているのもアトラエの特徴です。例えば今でも全社員に、経営や業績の情報を開示し続けている。僕らはそれを把握できることで信頼されていることを感じるし、知ったからには情報をどう役立てたら会社が良くなるのかを考えるようにもなる。
松浦
「社員一人一人をリスペクトしている」ということなんでしょうね。僕はそれが、一人一人の主体性を持つためのいちばんまっとうなやり方だと思います。そうやって当事者意識を高めることで、誇りが行動に変換され、より強いものになっていくんです。
平井
自分も会社の経営やビジネスに貢献しているという意識は、全員が持っています。
松浦
企業にいると「役員になりたい」「えらくなりたい」と思いがちですが、本当は、何になりたいかじゃなくて、どんな人間でありたいかが大切なはず。組織の呪縛にとらわれて、どう生きたいのか、社会とどう関わっていくのかすら忘れてしまうなんて、つまらないじゃないですか。アトラエにはその呪縛がない。会社という浮き輪を持たず、自力で、自分のやり方で泳いでいるんですね。
加賀
はい。アトラエは会社員という一括りではなく、全員独立した個人の集合体です。
松浦
さて、みなさんが誇りを持って仕事に取り組んでることはわかったうえで、あえて聞きたいのは、「じゃあその先に何が起こるの?」。そこを言語化することが、これからの企業や個人の働き方に必要だと思うんです。
平井
常に意識しているのは、自分の仕事が社会にどんな価値をもたらすかです。例えば弊社には、組織の現状を可視化し解析する〈Wevox(ウィボックス)〉というサービスがあります。僕はそこでコンサルティングをしているのですが、今日のスコアが100点満点中の50点だった会社でも、僕のアドバイスによって明日は一歩前進するかもしれない。それが僕のやりがいであり、「その先に起こること」です。そして、実はこの仕事のモチベーションになっているのはとても個人的なことなんです。我が家には小さい娘が3人いて、彼女たちが成長して社会の一員になった時、50点の会社ばかりでは苦しい。その会社に入るかもしれないし、その会社が作るものに関わるかもしれない。だからこそ、この先もより良い組織を創る仕事を続けていきたいですね。
松浦
確かに、それは切実ですね。
あなたが、どうしても必要。そう言い続けるやさしさが高いアウトプットを生むんです。
森山
切実といえば、50代、60代のシニア向けの就職マッチングサービスを始めるんです。
松浦
すごいな、その目のつけどころは。
森山
スペシャリティの高い方々が顧問という形で他企業に関与するビジネスの仕組みはすでにある。ただ、その層以外にも、働きたいのに機会を手にできていない人がたくさんいて。彼ら彼女らにとって必要なサービスは何なのか……というところから立ち上げたんです。みんなが価値を認めないものや見逃しているものを価値あるものにするのが僕らの強さであり、「その先に起こること」の種だと思っています。
加賀
実はアトラエにも数年前、44歳の方が中途入社していて。その人は新しいツールやシステムの習得には時間がかかったけれど、お客さんとの向き合い方には、数々の修羅場を乗り越えてきたからこその深みや知恵があり、若い人たちが学ぶところが多かったです。
松浦
ちなみに、そういう中途入社の方々は、すぐ社風に馴染むものなんですか?
加賀
アトラエの掲げるビジョンに共感してくれる人であれば、誰でも自然に受け入れる土壌はあります。それと、自分とは違う経験を持つ人の意見や知識を吸収したいというマインドセットが全員にあると思います。自分たちが信じる価値は、自分一人では実現できないとみんながわかっているからこそですね。
松浦
ああ、なるほど。アトラエには日常的な「パス回し」があるんですね。
加賀
パス回しですか?
松浦
「あなたが必要だ」と言い続けることです。それによってのみ、人の本当の力は引き出される。みんなそんなに強くないし、パスが回ってこないと寂しい。がむしゃらに仕事をしようという情熱は、自分が必要とされていると信じない限り生まれないんですよ。会社が一人一人に「あなたが必要だ」とパスを出して言い続けること、それがやさしさであり、誇りにもつながります。誇りを持つことは本気の力になる。やさしさが個人の本気とハイパフォーマンスを引き出すんです。
森山
わかります。平井の娘さんの話もそうですが、個々の物語から生まれる“本気”の延長線上にビジネスがある。だからお客様に評価されるのだと僕は自負しています。アトラエは社員68人ですが、社員数でいうと競合他社の数十分の1、100分の1ということもよくあります。ビジネスでは人数が少ないことがデメリットになりがちですが、一人一人が、本気で、心を剝き出しにして、お客様に価値を提供しようと努力していることに関しては、絶対に負けない自信があります。
松浦
強いな。強いですね。強さを支えているのは何だと思いますか?
森山
やはり自分の仕事が世の中をより良く変えるかもしれないという希望でしょうか。
松浦
それがあるから自分の中に火がつくんですよね。みなさんの根底にはきっと「今日は未来につながっている」という確信みたいなものがあるんだと思います。今日の仕事が5年後、10年後の社会を作るという希望を分かち合っている。そこがアトラエの揺るぎない強さです。そして、今日みなさんと話をして、やさしい働き方とは時には共に苦しむことだとも改めて思いました。強いから共に苦しむことができるし、共に喜び、成長できる。強いからやさしくなれるんですね。
オフィスの日常
オフィスは麻布十番のビルの8・9階。8階はソファスペースや会議室、さらにはリモート会議用の遮音室もある。常時お酒やコーヒーが飲めるバーも完備。仕事は好きな場所、好きなスタイルでできる。9階は社員間の風通しが良いデスクスペースに英会話レッスン室も。誰かの声かけでパッと話し合いが始まることも、育児中の社員が子供と出社し、ほかの社員が面倒を見ることも日常風景。