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ヒコロヒー「直感的社会論」:いつかそんな風に思える誰かに出会えるのだろうか

お笑い芸人、ヒコロヒーの連載エッセイ第35回。前回の「私の好きな季節、五月について考えてみる」も読む。

text: Hiccorohee / illustration: Rina Yoshioka

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いつかそんな風に
思える誰かに
出会えるのだろうか。

ヒコロヒー「直感的社会論」:いつかそんな風に思える誰かに出会えるのだろうか

サヨが失恋した。サヨは明るくて我慢強く、食べログを信用してないでおなじみの私の友人である。早い話が、サヨは彼氏であった順一くんに浮気されたわけなのだが、その相手といえばなんとびっくり、サヨと順一くんの共通の友達夫婦の嫁、可奈ちゃんだったのだ。

つまり浮気と不倫のダブルパンチ。ダブル寝取られ。もはやエロビデオな展開に、サヨから話を聞いた友人である私たちは、その破壊力に後方数十メートルまでに及びひっくり返っていった。

私たちは息を切らしながらなんとか起き上がり、サヨの心を守るため「サヨは悪くない!」「順一クソやんけ!」「可奈ちゃんもおっぱいおっきいだけやろ!」「これやからおっぱいおっきい女は!」「おっぱい反対!」などと、申し訳ないがどうしてもサヨが貧乳なことが浮き彫りになってしまうエールを送りながら励ましていたのだった。

一番の衝撃はその後のサヨだった。散々励まし、順一を罵り、おっぱいを呪い続けた私たちの前でぐしゃぐしゃなサヨはこう言った。「でもまだ好きなんだよ」

この一言の破壊力もまた凄まじく、私たちはまたひっくり返った。あんな男をなぜ。自分を裏切り、傷つけ、おっぱいに寝返った男なのになぜ。しかしこうなると私たちはもう順一を罵ることはできない。なぜならサヨがまだ好きな男を悪く言うことはサヨを傷つけることになるからである。

非常に面倒だが、恋心なのだから仕方がない。これまで「NO OPPAI!」と書かれたプラカードを掲げていた私たちはそっと下ろし、静かに白目を剝いた。

自分をどれほど傷つけた相手のことさえまだ好きだと言えるサヨが、情けないが逞(たくま)しく輝かしかった。この先私もそんな風に思える誰かに出会えることがあるのだろうか。私の場合、相手をボコボコにし実刑判決刑務所入りがヤマであろうと考えていた。

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