スイス・ジュネーヴ時計見本市を今年も現地レポート。 時計の今はどこにある?
文・高木教雄
年に1度、一つ屋根の下に時計ブランドが集結し、その年の新作を一気に披露するスイスで開催される大規模な時計見本市は1931年、『スイス時計見本市』(後のバーゼル・ワールド)に始まった。1991年には『国際高級時計サロン/SIHH』(ジュネーヴ・サロン)が誕生し、2020年に『ウォッチズ アンド ワンダーズ ジュネーヴ』(以下W&W)の名で、新たなスタートを切った。しかし同じ年、世界をパンデミックが襲う。W&Wは急遽オンライン開催に変更。バーゼル・ワールドは打開策を模索するも、事実上の消滅に追いやられた。
残る大きな時計見本市となったW&Wには、〈パテック フィリップ〉や〈ロレックス〉など、行き場を失った旧バーゼル出展ブランドも翌年から合流。2022年には〈グランドセイコー〉などが新たに参加を表明、ようやくリアル開催にこぎ着けた。そして渡航制限が大幅に緩和された昨年は、前年の約2倍となる4万3000人が会場に訪れた。さらにWHOが緊急事態宣言の終了を発表し、ポストコロナとなった今年は新たに6ブランドが加わって計54にまで増え、延べ4万9000人以上が来場。31ブランドでスタートしたW&Wは、旧バーゼル・ワールドに迫る規模にまで成長を果たした。
モルガン・スタンレーとスイスのコンサルティング会社ラグジュコンサルトは、スイス時計業界の推定販売収益ランキングを共同で発表している。2023年のトップ50には、今年W&Wに参加した54ブランドのうち26が名を連ねた。これはスイス時計産業を牽引するメゾンの半数以上が集結していることを意味する。50位以内で出展していない主なブランドは、〈オメガ〉〈ブレゲ〉などのスウォッチグループ傘下や、2019年時点でSIHHからの撤退を表明していた〈オーデマ ピゲ〉と〈リシャール・ミル〉。代わりにW&Wは出展数の半数近くに、中小規模のブランドを迎え入れているのだ。すなわち、W&Wで発表された新作の数々を俯瞰すれば、2024年の傾向を予測できる、ということ。
今年の見本市を振り返ろう。しばらく続いていたラグスポ人気は一段落し、よりクラシカルなモデルやジェンダーレスなサイズ感が打ち出された印象。その好例が〈ショパール〉や〈パルミジャーニ・フルリエ〉〈チューダー〉の新作である。また〈エルメス〉を筆頭に、いくつものブランドから、ダイヤルの中央で回転するセントラルトゥールビヨンが登場していたのは、興味深かった。このニッチな複雑機構が一気に増えた理由は、某設計者によれば「パテントが切れたから」らしい。
外装においてはパンデミックの終焉を祝すかのように、鮮やかなカラーリングが散見される。ケース素材はゴールドの比率が高まり、ますます高級化の傾向にある。前出のモルガン・スタンレー&ラグジュコンサルトのレポートによれば、スイス時計輸出総額の44%を2万5000スイスフラン(6月5日のレートで約437万円)以上のモデルが占めているという。金相場の高騰とも相まって、時計の高額化は今後も進むであろう。だからこそコストパフォーマンスに秀でる〈チューダー〉や、W&W組ではないが〈ロンジン〉〈ティソ〉らの存在感が、光る。
W&Wは本来、ビジネス関連とプレス相手の見本市だが、昨年から一般入場日を設けている。昨年は2日間が一般開放され、用意された1万2000枚のチケットが完売。今年はそれが3日間に延ばされ、1万9000人が来場した。内訳は25歳未満が25%で、平均年齢は35歳だったという。若い世代の時計への関心が高まっていることは、市場にとっては喜ばしい。これを受けてW&W主催側は、もっと開かれた祭典にしたいと目論んでいるようだ。開幕前夜祭、W&W財団理事長のスピーチは「時計業界全体として年に1度、一堂に会することが重要だ」と、さらなるブランドの受け入れも予感させた。またW&W期間中に合わせて、会場外でもブランド単体、あるいは複数ブランドが集まった展示会が開催されるようになり、併せて見て回れるメリットも。2025年の開催期間は、4月上旬となる予定。ジュネーヴ全体で、時計の魅力が体感できる旅の支度は手抜かりなきよう、早めの準備を。