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文筆家・平川克美が、寺尾紗穂による新刊『天使日記』を読んで思うこと

注目すべきは、文体だ。『天使日記』を読み解けば、”逡巡”し続ける寺尾紗穂の姿が見えてくる。それは文章にせよ、歌詞にせよ変わらない。

photo: Shu Yamamoto / text: Ryota Mukai

稀代の音楽家であり文筆家、寺尾紗穂という存在。

寺尾紗穂さんを知ったのは、あるライブに行ったとき。まるで教会中に響くような、それこそ天使のような歌声に驚愕しましたよ。歌い手として天才的であると同時に、非常に社会性もある方ですね。

例えば、本書『天使日記』には、隠れキリシタンの里として知られる今村天主堂や、ハンセン病患者を隔離した離島・長島を訪れた話があります。虐げられて生きてきた人々に心を寄せて通じ合うという形で、社会と対峙しているんですね。

もちろん上から目線でなく、また、断言することもほとんどない。逡巡し続けてるんです。それが彼女の文体。パラオに行くエピソードでは、案内人の男性が右翼的な発言をして不安な気持ちになる。

ただ、話し続けることで彼を受け入れようとも思う。そんな”迷い”を引き受けられるのは、文学ならではの魅力であり価値。これがビジネスや政治の言語なら、「彼の味方か、あるいは敵か」と二者択一を迫られます。そうはならず、寺尾さんは人の心に届く文章が書ける人なのです。

圧巻は、表題作「天使日記」。娘たちの前に天使が現れてからいなくなるまでの日記です。天使の声がまるで倍音が響くように聞こえてくる。彼女の戸惑い、ためらい、息遣いが聞こえてくる。寺尾さんの文章と歌声が倍音を伴った一つのヴォイスとして、聞こえてくるのです。ああ、これが寺尾さんの文体の秘密なのかと思いました。

『天使日記』