資産的価値ではなく文化的価値。誰も探すことのない一本を求めて
ウィルヘルム・キンツレの工具箱や、棚の上にあるジョージ・ナカシマのメイクボックスに、みっちり詰め込まれた腕時計。持ち主は、編集者の安藤夏樹さん。
以前は、引き出しの中にごちゃっと収納していたが「火事になったときなんかに、一つでも多く持って逃げられるように」と、現在は持ち運びしやすい箱に収納している。時計に興味を持ち35年、売っては買ってを繰り返し、現在は約200本ものコレクションを所有している。

安藤さんの腕時計人生は、中学時代に買った〈カシオ〉の「フォーンダイアラー」から始まった。時計から鳴るプッシュ音を電話のマイクにかざすと相手につながるというものだった。
そこからテレビが付いたもの、音声を録音できるもの、いびきを感知すると電流が流れるものなど、ガジェット系の腕時計を集めるように。
中でも映画『エイリアン2』でシガニー・ウィーバーが着用していたことでも知られる〈セイコー〉のジウジアーロデザインは、すべてコンプリートしたという。ほかにも『007』や『ゴーストバスターズ』に出てくる時計の未来の道具感に惹かれ、熱心に集めていた。
安藤さんの信条は「腕時計に貴賤なし」。資産価値のあるなしにかかわらず、自分自身が価値があると思えるものだけを所有している。たとえ、それが世間的にまったく知られていないモデルでも。ゆえに稀少価値のあるヴィンテージの腕時計よりも、よほど入手困難なモノも多くあり、20年以上も探し続け入手したモデルも中にはあったりする。
今、最も関心があるのはヴィンテージのドレスウォッチ。まだ見ぬものがたくさん眠っており、蒐集欲(しゅうしゅうよく)をかき立てている。
「貴金属や宝石が使われていることが多く、ゴールドを彫金していたり、虎目石やラピスラズリを文字盤に使っていたりするものもあります。ずっと見向きもされていなかった分野ですが、知れば知るほど面白いです。〈ピアジェ〉や〈パテック フィリップ〉のヴィンテージも、最近は気になってますね」
膨大なコレクションをどう使い分けるかは、その日に誰と会うかによって決めるという。
「腕時計は、コミュニケーションツールの一つでもあると思っていて。特に初めて会う人のときは、変な時計をしていくことが多いです」
編集者である安藤さんは取材も多く、初対面は日常茶飯事。そんなときにこそ、とびきり変わった時計を着けて、それを会話の糸口にいい取材ができたことも数え切れない。
「突飛なファッションでもいいかもしれないですけど、それよりも変な時計をしていく方が、勇気が少なくて済むんです。お堅い人への取材であっても、派手な服だと怒られるかもしれないけど、時計ならおかしなものでも怒られないでしょ?」






