真の時計好きの終着点。クロックという小宇宙へようこそ

腕時計ばかりスポットが当てられるが、実は毎年、機械式クロックの新作が各社から登場している。ひときわ複雑だったり芸術性に富んだり、置き時計ならではの魅力も多々。ウォッチよりも深い、クロックの沼にご招待します。

photo: Atsushi Kondo / text: Norio Takagi

そもそも時計とは、クロックである

かつて懐中時計の製作工房の壁には、時・分・秒の各針が独立したレギュレーターと呼ばれるクロックが掛かっていた。標準時計と和訳され、完成した懐中時計の精度をチェックするのに用いられた。針が独立しているのは、誤認を防ぐためだ。

金属加工技術がつたなかった当時、部品が小さい懐中時計の精度は、クロックよりもはるかに劣っていた。また携帯される時計は、温度や重力方向の変化など外的影響を大きく受け、振動による衝撃も伴うため、精度が落ちやすい。

稀代の天才時計師と称賛されるアブラアン-ルイ・ブレゲは、1795年に懐中時計と対となる「シンパティック・クロック」を考案。外出から戻って懐中時計をセットすると、クロック側の針位置に自動修正してくれる設計で、後者の高精度を前者にシンクロさせたのだ。かようにクロックなくしては、時計技術の進化はなかった。

13世紀末の発明とされる最初期の機械式時計は、起点となる歯車の軸に紐を巻きつけて錘(おもり)を吊し、その落下を利用して動かしていた。これを長時間動かすには、その分だけ地面との距離が必要。だから教会などの塔に、取り付けられてきたのだ。

この塔時計は、錘の重量・形を微調整することで落下速度をコントロールし、正確な歩度を得る仕組み。そして1583年、ガリレオ・ガリレイが振り子の等時性を発見したことで、人類は短い周期を正確にカウントする術(すべ)を得た。彼は、この原理を時計に応用しようと試みたが、完成には至らなかったようだ。

最初の振り子時計は1656年、オランダの物理学者クリスティアン・ホイヘンスによって生み出された。その動力源は、当時すでに普及していたゼンマイであった。またホイヘンスは、振り子の振動で歯車の回転速度を制御する脱進機も考案。今ある機械式時計の基本原理が、早くも確立されたのである。

さらに彼は、イギリスの科学者ロバート・フックが、振り子の等時性はゼンマイの伸縮でも成り立つと発見したことを知ると、軸が備わる金属の輪に細いゼンマイを取り付けた、今で言うテンプとヒゲゼンマイを振り子代わりとする時計を1675年に発明。時計の小型化への道を開いた。

真の時計好きは、クロックに行き着く

とはいえ当時の加工精度では、携帯できるほど小さな時計に、さまざまな機能を追加できなかった。ムーンフェイズをはじめとする天文表示や永久カレンダー、ミニッツリピーターといった複雑機構は、大きさに制限がないクロックでまず実現された。

そして今も、名だたるウォッチメゾンやクロック専業メーカーが、腕時計では到底実現できない超複雑なメカニズムが備わるクロックを世に送り出している。その中には、形状が異なる膨大な数のカムを組み合わせ、精巧で円滑な動きをかなえるオートマタ(自動人形。オートマトンとも)も含まれる。

また腕時計よりも圧倒的にサイズが大きいクロックは、工芸職人にとっても自身が持てる技術をいかんなく発揮できる絶好のステージとなる。

例えば、〈パテック フィリップ〉から2025年に登場した「コンプリケーテッド・デスククロック」は、エングレービング、ギヨシェ、グラン・フー・エナメル(フランケ本七宝)、そして腕時計ではほぼ出番がない木工の各職人が集結し、特別な外装を生み出している。さらに時計自体も日差(1日の誤差)±1秒という超高精度を誇る。

〈パテック フィリップ〉の「コンプリケーテッド・デスククロック」
PATEK PHILIPPE/パテック フィリップ
1923年にジェームズ・ウォード・パッカードに納品されたテーブルクロックが2025年、外装と機械をアップデートして再構築された。31日間駆動のムーブメントには、永久カレンダー、週番号表示、ジャンピングセコンドが備わる。純銀とウォールナットで構築した躯体の側面と蓋の上面には、ギヨシェを透かし見せる本七宝を施したプレートをセットする。「コンプリケーテッド・デスククロック」D164.6×W125×H76.73mm。手巻き。186,560,000円(パテック フィリップ/パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター TEL: 03-3255-8109)

そう、加工技術や素材、設計の進化で腕時計が高精度になった現在でも、正確さではクロックにまったく敵わない。それは高い慣性モーメントによって振動が安定する超特大のテンプが使えるからであり、室内に設置されるため外的影響や衝撃を受けづらいからでもある。

さらに携帯されることがないクロックは、使える外装素材の選択肢が多く、かつデザインの自由度も高い。デザイナーは、創造の翼を存分に広げることができ、美しく個性的な外観をクリエイトしている。

メカニズム、工芸的価値、デザイン性のすべてで腕時計に勝るクロックは、真の時計好きの終着点。高額で置き場所を取るため、コレクターのほとんどは、富裕層である。彼らは、毎秒1~2振動のゆったりとしたテンプの動きを眺めて日頃の忙しさを忘れる。何より芸術作品として、クロックを愛(め)でる趣味人も少なくない。上質な一台は、日常の時間をより豊かなものにする。

ウォッチブランドの名品

腕時計と並行して機械式クロックを手がけ、定番としてラインナップするウォッチメゾンは、いくつも存在する。また時計製作と工芸の持てる技術を注ぎ込んだ、美しくも超絶に複雑なユニークピースが発表されることも、しばしばある。その大半はクロックでしか成し得ないメカニズムが備わり、さまざまな時を表現している。

〈ジャガー・ルクルト〉の「アトモス・インフィニット」
JAEGER-LECOULTRE/ジャガー・ルクルト
ダイヤル背後の蛇腹状カプセルに特殊な混合ガスを封入。温度変化でガスが膨張・収縮するのに伴う蛇腹の伸縮を利用してゼンマイを巻き上げる仕組み。1928年に発明された“半永久運動”クロックを円筒状のガラスに収め、ミニマルモダンに装わせた。最下部に設置した巨大なテンプは、1分間で1往復という超ロービート。摩擦によるエネルギーロスを最小限にとどめてもいて、わずか1℃の温度差で2日分の駆動力が得られる。「アトモス・インフィニット」限定生産。径215×H253㎜。自動巻き。3,212,000円(ジャガー・ルクルト TEL: 0120-79-1833)
〈パネライ〉の「ジュピテリウム」ユニークピース
PANERAI/パネライ
地動説を唱えたガリレオ・ガリレイを称えるため、2009年に3点製作された天体時計が2025年、ユニークピースとして発売された。ガラスの球体の中心に地球を置き、そこから見た太陽、月、木星、そしてガリレオが発見した木星の4つの衛星の位置と動きを正確に再現。各天体と球体に描いた12星座には蓄光塗料が塗布され、夜には本物の星さながらに輝く。2099年まで調整不要な永久カレンダーも搭載。「ジュピテリウム」ユニークピース。D750×W750×H860mm。手巻き。330,000,000円*参考価格(パネライ/オフィチーネ パネライ TEL: 0120-18-7110)

クロック専業メーカーの凄(すご)み

クロックに特化して技術を研鑽してきた専業ブランドは、時刻表示機構だけでもムーブメントの設計にオリジナリティが際立つ。チェーンとフュゼ(円錐滑車)で常に均一なトルクを伝達する古(いにしえ)の高精度機構や、一直線状に構築したギアトレインといった精巧なメカニズムをあらわにして目を楽しませ、大胆な造形でも魅了する。

〈シンクレア・ハーディング〉の「スリートレイン・スケルトンクロック」
SINCLAIR HARDING/シンクレア・ハーディング
英国式時計製作技術を受け継ぐ、クロックブランドである。真鍮を削り出し、鏡面状に磨き上げたこのモデルは、振り子式の置き時計。チェーン・フュゼ式の3列のギアトレインが備わり、中央が時刻表示、左右が正時から15分ごとにゴングを鳴らすソヌリ機構を担う。ソヌリ機構は2つの調べが切り替えられ、それぞれ毎正時15分に1フレーズを鳴らし、以降15分ごとに1つずつフレーズが増えていく。「スリートレイン・スケルトンクロック」D230×W380×H490mm。手巻き。10,978,000円(シンクレア・ハーディング/アワーグラス銀座 TEL: 03-5537-7888)

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