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福田進一と青葉市子が語る 「ニューノーマル時代の始め方」

ステイホームが増えると、ぽっかりと空いた時間には新たな趣味や興味の対象を見つけたくなるもの。「新しくはじめること」を後押しすべく、フリマアプリのメルカリが主催するのはクラシックギターのオーディション。なんでも、ギター関連商品の取引件数が増えていることを背景に企画されたそう。久しぶりに手にとった人、日頃から弾きこむ愛好家まで誰でも参加ができ、応募者たちがYouTubeに投稿する演奏動画をプロのギタリストたちが審査する。優勝者はオリジナルのミュージックビデオを作ってもらえる。ギター未経験者は写真だけでも応募できるというのもまたユニークだ。





今回は、審査委員長を務めるクラシックギタリストの福田進一さんが、音楽家の青葉市子さんと初邂逅。父娘ほどに年齢が離れていながら、ともに相棒とするクラシックギターを通じて繋がった二人に、改めてギターを奏でることの魅力、そして何かを新しく始めることについて、語ってもらった。

photo: Satoshi Nagare / hair & make: Hirose Rumi / text: Emi Fukushima / cooperation: Tailor Grand

褒められることは、はじまりの原動力である。

青葉市子

はじめまして。青葉です。

福田進一

今日はよろしくお願いします。

青葉

先日YouTubeで、福田さんが小ぶりの古いギターを奏でている映像を拝見して、「なんて美しい音色なんだろう」と感激しました。すごく天気が良い日だったので、家の窓を開けて、福田さんの音色を聴きながら豊かな時間を過ごすことができて。

福田

それは光栄です! ありがとうございます。

青葉

そもそも福田さんがクラシックギターを始めたのは、どんなきっかけだったんでしょうか?

福田

明確な理由があって始めたわけではないんですが、僕の生まれ育った時代は、なにしろ世の中全体がギターブームでしたからね。1966年にビートルズが初来日して大フィーバーだった時、僕は12歳。

当時はピアノ教室に通っていたのですが、先生が怖かったし、周りは女の子だらけで自分がミスすると年下の子に馬鹿にされる。悔しいなと思っていたところで、世の中の流れに影響を受けてか、ちょうど上の階にギター教室ができたんです。

青葉

私もピアノ教室で同じような体験をしたことがあります(笑)。それでギター教室に通われたんですか?

福田

そうなんです。ギターの先生は当時25歳くらいの若くてお兄ちゃんのような存在で。しかもちょうどブームになり始めた頃で、周りも初心者ばかりだったので、一つ和音をマスターしただけで「君はすごいね。才能あるよ!」って褒められる。

そうすると、自分は上手いのかなって思いこんじゃって(笑)。もっと練習しようと思ったのが僕の原点だと思います。

青葉

褒められるってすごくやる気になりますよね。私が本格的にクラシックギターに触れたのは17歳の時でした。機会があって知り合った8弦ギターを弾く山田庵巳さんの音楽を聴いて、その音色に心惹かれたことがきっかけでした。

それで、父のギターコレクションからガットギターを1本拝借して弾き始めました。山田さんの8弦ギターの楽曲「機械仕掛乃宇宙」を6弦に置き換えて練習し始めて。山田さんに電話で演奏を聴いていただいたら、すごく褒めてもらえたんですよね。以来山田さんは先生としていろいろなことを教えていただくことになったのですが、たった一人でも褒めてくれる人がいるともっと弾きたいと思う。それが私の原点なので、福田さんと一緒だなと嬉しくなりました。

福田

褒められると伸びるからね。僕が20代に挫折を乗り越えられたのも、褒めてもらえたことがきっかけだったんですよ。

青葉

それはどんな挫折だったんですか?

福田

ピアノでいうショパンコンクールのように、ギターにはパリ国際コンクールという世界最高峰・若手の登竜門とも言えるコンクールがあります。特に僕の時代は、そこで優勝することが天下を獲ることだと思われていました。

実際にそれなりの努力をして、25歳の時に優勝することができたんですけれど、その後に燃えつき症候群みたいになってしまったんですよね。

青葉

そうなんですね。

福田

音楽が好きでやっていたはずなのに、いつのまにかコンクールのために音楽をやっているような気になって、本当の音楽がわからなくなって自信を無くしたというか。いま振り返れば、その間にいろんなチャンスも逃してしまったように思います。

転機になったのは、コンクールから2年くらい経った頃だったかな。当時住んでいたパリのアパートには中庭があって、ある夏の暑い日、窓開けっぱなしにして練習をしていたんです。すると、1曲弾き終えた時に、不意に中庭から「ブラボー!」って声が聞こえてきて、外を見たらいつの間にか中庭にお客さんがいて。

その一声がすごく嬉しかったことを鮮明に覚えています。それが、もういっぺん音楽をやってみようかなというきっかけになった。

青葉

わあ!映画のよう。素敵なお話ですね。

クラシックギタリスト福田進一
クラシックの分野で活躍する福田さんだが、学生時代はフォークソングもよく弾いたという。 「周りに影響されて、自分でリズムを口ずさみながら、スリーフィンガーの練習もしましたね。懐かしいな!」

クラシックギターは、身体と、感覚と、共鳴する。

福田

パリのコンクールで満員のお客さんの拍手を浴びるよりも、日常の中で不意に歓声をもらった出来事の方が強い感動がありましたね。青葉さんは、人前で弾き始めたのはいつからですか?

青葉

19歳の頃だったかな。山田先生から、「これだけ私の曲が弾けるのであれがば、自分の曲を書いてみたらどうか」と提案してもらって、見よう見まねで初めて自分の曲というのを作ってみたんです。すると先生のコンサートで「僕の弟子です」とステージの上で弾かせてくださって。

すごく緊張したんですが、そこで聴いてくださった方の輪が少しずつ広がっていって、今私はここにいます。

福田

ステージに立った時に、もうこの道でいこうって決めたんですか?

青葉

そうですね。学生の頃はいろんなことがずっと上手くいっていなかったんですよね。教室に通えず、保健室や図書室に隠れてしまう時期もあって。褒めてもらう機会が少なかった10代を過ごしてきた中で、褒めてくれる人に出会って居場所を見つけたような気がした。

だから、この道で行こう、というよりは自分が安心して笑ったりご飯を食べたりできる場所へ、クラシックギターが連れて行ってくるんだという安心感があったのかもしれません。

福田

いいですね。音楽にはそういう居場所を作ってくれる力がありますよね。ギターを始める前にも楽器は弾いていたんですか?

青葉

中学生の時に3年間だけクラリネットをやっていて。もっと遡ると幼少期の頃、ピアノを2週間だけ習って嫌すぎてやめてしまいました。「ドレミファソラシド」を弾くのに、指をくぐらせるタイミングが違うだけで怒られて(笑)。

福田

厳しい先生だったんだね(笑)

青葉

はい(笑)。でも正しく奏でることよりも、音が鳴って楽しいというのが私の中では価値が高かった。なので、楽器ではなくてもお箸でお皿をたたいたり、冷蔵庫の氷ができる音を耳をそばだてて聞いていたりとか、音に触れることが好きでしたね。

17歳でギターに出会ったときには、一番体に近いような感覚がありました。内臓の一部になって一緒に鳴ってくれているような親近感があって。抱っこしているし、抱っこされているような抱える演奏スタイルも好きで、どんどんのめり込んでいったんだと思います。福田さんはギターという楽器ならではの魅力をどう感じていますか?

福田

それは僕も近いな。ピアノだと手元で鍵盤を叩くと少し離れたところで音が鳴る。でもギターは、音を弾く部分とも出している部分とも身体が触れているでしょう。それからさっき青葉さんも言っていたけれど、身体全体で振動を受け止めている。

自分の体で受け止めている振動と、耳で聞いてる音、指の先に伝わってくる感覚、あらゆる五感をまとめて脳で味わえるのがギターなんですね。だから、ほかの楽器と少し違うんだと思います。

クラシックの分野で活躍する福田さんだが、学生時代はフォークソングもよく弾いたという。 「周りに影響されて、自分でリズムを口ずさみながら、スリーフィンガーの練習もしましたね。懐かしいな!」
「寝転がったままギターを弾いて、そのまま寝落ちしてしまうこともあるんです(笑)」と青葉さん。クラシックギターを弾くことは生活の一部なのだそう。

「新しく始めること」が生むのは、”良い循環”。

青葉

昨年は今までの暮らしが大きく変化した1年でしたが、福田さんの生活にはどんな変化がありましたか?

福田

昨年の3月くらいからコンサートなどの仕事がぱったりなくなって。それで思い浮かんだのは、ギターの弾き方、ギター奏法などの教則本を書くこと。ちょこちょこ進めていた今までの蓄積があったので、また書き始めたんですけど、それを映像でやりませんかと声をかけてもらったんです。

それでOTTAVA tvの配信用に収録をすることになったり、ライブ配信をWOWOWのスタジオでやってみたり。あと9月からは、ラジオのギター専門チャンネルを作ることにもなりました。ありがたいことに、2020年は新しい仕事で忙しくさせていただいた1年でしたね。

青葉

今までできていなかったことに手が伸びて、広がっていったんですね。

福田

そうですね。青葉さんは何か変化したことはありましたか?

青葉

私も時間ができた分、仕事に新しい刺激を取り入れることができましたね。久しぶりに家でゆっくりする時間ができたので、生物図鑑をじっくり眺めることを始めました。微生物、プランクトン、菌類などの小さな生き物たちのサイクルを勉強することがとても楽しくて。そこで知ったのが、小さなプランクトンが発光し始めた理由は、自分が孤独だということを理解して、他者に気づいてほしいからだということ。

私たちが孤独に感じたり、誰かに気付いてほしい、愛して欲しいと思ったりすることは、生物の本質なんだなというのを改めて感じました。昨年発表したアルバム『アダンの風』も大いにそこからインスピレーションを受けて作っています。一つ新しいことを始めたことによって、仕事と生活の垣根を超えて、良い循環が生まれたような気がしています。

福田

新しいことを始めると、思いがけない方向に影響を与えることもありますよね。

青葉

だから、今クラシックギターを始める人が増えているのも、豊かなことだなって。楽器を奏でることには、ご飯を食べたり、眠ったりするのと同じくらいの回復力があると感じているので、良い現象だなと思います。

福田

それで今度、メルカリ主催でクラシックギターオーディションをすることになったんです。その審査委員長を僕が務めさせていただくのですが。

青葉

素敵ですね。どんなオーディションになりそうですか?

福田

「こうでなければ」に捉われない場にできればと思っています。僕たちの時代は、アカデミズムの囲いに覆われた中で、例えばギターのポジションを移動する時に鳴るキュッという音すらも徹底的になくすように言われてきました。でも本来、その音も味の一つ。

かつての巨匠たちはそこも味わいだと捉えていたんです。時代とともにどんどんテクニックを競う方向に進んできていましたが、今また味を求めて新しい弾き方を模索していく方向に戻っていく流れもあって。音楽は揺れ動きながら進化していくので面白いんです。

だから、今回のメルカリのコンサートでも、例えば青葉さんのように自分の心情をギターに託して奏でるもいい。ルールに縛られない、もっと傍にある音楽を、自分なりの音色で奏でてもらえたらいいんじゃないかなと。

青葉

私は審査員ではないので、専門的なことは言えませんが、、料理が好き、絵を描くのが好き、というのと同じような感覚でクラシックギターを弾くのを楽しいと思って参加してくださるといいのかなと思いました。

この弾き方は合っている、間違っている、と何かに境界を引くためでなくて、お気に入りの場所にいる時のように素直で楽しい気持ちでギターに触れてもらえたらと。そんな自然体の中から、奇跡的な響きが生まれるんじゃないかと思います。

福田

ところで青葉さん、何か弾いてみてくださいよ!

青葉

え……、どんな曲がいいでしょう(笑)。

思い思いギターを抱え、ひっそりとセッションが始まる。

福田

ギター弾きが集まれば、大体こうなるもんですからね(笑)。

オールギター部門・ギター写真部門
【応募】2021年3月1日(月)〜3月31日(水)
クラシックギター部門
【応募】2021年2月1日(月)〜3月31日(水)