先日、ラッコを追ったドキュメンタリーを見た。
深夜のEテレだったと思う。正確な番組名は覚えていない。眠る前にたまたまテレビをつけたらやっていて、そのまま最後まで見てしまった。カリフォルニア州沿岸の海中にあるケルプの森が失われているのだという。原因はウニだ。近年、海の温度が上昇するにつれて、ウニの数が増えている。それに伴い、ウニがケルプを食い尽くしてしまうそうだ。
その事象の救世主となるのがラッコだ。ラッコはウニを食べる。殻を常備している石で(ラッコの脇にはお気に入りの石をしまうポッケのようなものがあるらしい)それを割り、隙間から身を啜る。ラッコは他の海の生き物と違って、寒さに耐える体毛が薄く、そのため一日に体重の数十パーセントもの食物を必要とする。だから、とにかく、たくさんのウニを啜るのだ。
海面に仰向けに浮かぶラッコが画面を流れる。
とても長い時間だった。長時間のラッコは僕を困惑させた。ラッコは眠るとき流されないように海藻を身体に巻きつけるらしい。このことを僕は知識としては知っていた。そしてとてもかわいい事柄として捉えていた。でも映像として見ると妙に怖かった。かわいいとも賢いとも、まず思わなかった。
彼らは何かに縛られ囚われているように見えた。もちろん、縛られているわけではない。自分で巻きつけているのだから、むしろ逆だ。夜の靄がかかった眠気のなかでその映像を見ていると、理屈はあまり力を持たない。
ラッコの身体は海面に預けられ、波に合わせてゆっくり上下している。他人事には見えなかった。先輩がマグカップを静かに机に置いた。さざなみが起こる。細い茶葉が浮かんでいて、ラッコがそこに浮かんでいる姿を想像した。
「どういう人が病院には来るんですか? 印象に残ってる人います?」
ラッコを頭の中で抱えながら、尋ねた。先輩はすぐには答えなかった。テーブルに置いていたスプーンを持ち上げ、カップの底に残っていた紅茶を一度だけかき混ぜた。銀色のスプーンが陶器に触れる、乾いて小さな音がする。先輩の言う「自分でも読めるし、他人にも読ませられる形」というものの輪郭を、もっと正確に把握したいと思った。
「印象に残っている、という言い方が適切かどうかはわからないですけど」と先輩は口を開いた。
「少し前に来ていた人で、四十代後半の女性がいました。私の十個くらい上の女性でした」
足をさすっている。窓の外に目を向けると、天気はいよいよ崩れて雨が降っていた。窓ガラスについた雨粒は数秒ごとに刷新され、違う景色を見せた。名古屋の街並みは東京とは違う。東京で生まれ育った僕にとっては、生理的に受け付けない風景で、天気によってそれは左右されない。先輩も本当はそうだったはずだ、と勝手なことを思う。僕たちが一緒に食べていたのは、六本木のつるとんたんで、広尾のひら匠で、麻布十番の中国茶房8だ。

海はほとんど一緒だ。カリフォルニアのケルプの森を有する美しい海も、江の島のビニールが浮いた汚い海も、ラッコがいるかどうかくらいの差しかない。でも、日本という狭い国の中の街の違いで、どうしてこんなにも忌避感が生まれるのだろう。
「オンラインで話したのが最初でした」
先輩が初めて彼女を問診したときはZoomだった。コロナ禍の終わりかけのときで、その女性は、吐き気が止まらない、と言った。けれど実際には、その中にかなり違うものが含まれる。
乗り物酔いの気持ち悪さと、興味のない相手から性欲の萌芽を感じた夜の気持ち悪さと、腐ったシュークリームを口にしたあとの気持ち悪さと、ストレスでゆっくり壊れていく感覚としての気持ち悪さは、同じ単語の中に無理やり押し込められているだけで、すべて別の質感を持っている。
先輩はそのへんの違いを丁寧に聞いていった。いつからなのか。波があるのか。何か食べると悪化するのか。起床時か、夕方か、深夜か。嘔吐はあるのか。体重は減ったか。内科には行ったか。検査はしたか。彼女はそれらの“一般的な”診察をすべて終えていた。だからここに来ているのだ、と。
そこまで聞いても、彼女の話は、どうにも綺麗に病名へ着地しなかった。吐き気がすると彼女は言った。喉元まで泡が上ってきている感じがするのだという。えずくこともある。けれど、飲み込んだものが身体の栄養とならず、肋骨の裏に回って、再び外に出るタイミングを逃さないようにしているという。歯を磨くとその瞬間を逃さずそれが現れ、食べる物も選ぶ。ハンバーガー店のやつが一番ダメで、あの匂いを嗅ぐと、それだけで強烈な(それはもう比類ないレベルの)吐き気を催す。でも、それで慌ててトイレに駆け込んでも吐くことはない。調子が悪いと湯気を見るだけでダメなこともある。
「妊娠していたんですか?」僕は口を挟んだ。
「違います。少なくとも、その時点では」先輩は話を区切るように紅茶を飲んだ。そして足の位置を変えた。足が悪い、というそれだけのことも一筋縄ではいかず、自分の中でマニュアルが必要なんだ、と自嘲気味に言った。僕はまだ先輩が足を悪くしたきっかけを聞けていないことに気づく。そして、もうここからそれを聞くタイミングはないようにも思えた。
「ハンバーガー店のあの匂いって、商品自体から出ているわけじゃないんですよ。持ち帰ったとき、独特な匂いがするでしょう? 紙袋の中で、全部の匂いが混ざった匂い、と彼女は言っていたけど、実際は袋が水蒸気で蒸された匂いなんですよ。試しにあの紙袋を蒸し器の中に入れてみると、わかると思います。商品なんて何にもないのに、あの匂いがして面白いですよ」
僕はハンバーガー店の紙袋が蒸し器の中でふやけていく様子を想像した。茶色い紙が湿気を含み、繊維がほどけ、見た目はただのゴミに近づいていくのに、匂いだけがそのままで残る。匂いというのはとても執念深い。