韓国のもの作りを現代に発信する
──学生時代は日本でデザインを学んでいらしたと聞きました。
そうなんです。日本に行く前はニュージーランドでデザインと写真を学んでいて、その時にたまたま草間彌生さんの作品を見て衝撃を受けて、日本に行ってみたいなと思ったんです。
──写真を学んでいたんですね。
小学生の時からフォトショップを使って、写真を加工したり、ウェブサイトを作ったりしていたんです。写真も好きだしグラフィックデザインも好きで。ニュージーランドで本格的に写真のことを勉強しましたが、さらに深めてみようと日本の大学ではグラフィックデザインを勉強しました。
日本には7年くらい住んで、その後徴兵に行き、戻ってきて広告会社に入りましたが、自分の仕事がしたいと思い1年で辞めて独立し、インテリアセレクトショップをしていました。
──輸入雑貨への興味はどこから?
学生時代はイサム・ノグチのデザインにハマり、彼の歴史を学び、プロダクトの蒐集(しゅうしゅう)を始めました。その後日本の工芸に興味が湧いて、〈開化堂〉や〈かみ添〉等の京都の職人さんたちを巡ったり、北欧のヴィンテージに興味が湧いたりして様々なものを集めていました。当時ヴィンテージのセレクトショップは韓国にあまりなかったので、お店を開いてみようと思ったのです。それが2016年ですね。
その少し前に、韓国にIKEAがオープンして、インテリアに興味を持ち始めました。当時は、ジャン・プルーヴェやシャルロット・ペリアン等のフランスのデザインも全く知られていませんでした。この10年くらいでだいぶ環境は変わってきたと思います。

住所:ソウル特別市鐘路区紫霞門路40
──韓国のもの作りを見直そうと思われたのは何かきっかけが?
私が運営していた店は、いわゆる輸入販売。輸入品には税金もかかりますし、かといって何倍もの値段をつけるわけにはいきません。手続きが多いわりに利益が残らないことに気づいたのです。そして、海外のものを自国で紹介するよりも、韓国でしか作れない何かを作って国内外に広めていきたいという気持ちが強くなってきたのです。
私の父は、金属のメッキ加工をする高い技術を持った会社を営んでいるのですが、相談したら韓国の国内にも素晴らしい技術を持った職人がたくさんいると言われました。父から紹介を受けて、いろいろな工場から話を聞いて、最初は包丁作りに取り組みました。
技術力の高い工場とともに、私も2年間包丁の勉強をし、新しい包丁を開発したのですが、たくさん売れるものではないため、別の新たなものをと挑戦したのが、現在〈HORANG〉のシグネチャーにもなっているカトラリーです。80年代には韓国にカトラリーを作る会社が40ヵ所くらいあったそうなんですが、今は4ヵ所しか残っていません。その産業を復活させたいと開発を始めました。
──デザインはすべて、ペ・ヨンヒさんが手がけられているのですか?
そうです。プロダクトのデザインは好きで集めたりしていましたが、自分でデザインをしたことはありませんでした。3年くらいかけてカトラリーの歴史や機能を学び、最初のデザインを作り上げました。
カトラリーは毎日使うものなので、見た目だけではなく機能が重要。美しかったとしても、使い勝手が悪かったら手に取りませんよね?本当に自分が使いたいと思うカトラリーを目指してデザインしました。
──カトラリーをテーブルに置いた時にヘッドの部分が少し浮く、特徴的なデザインになったのですね。
自分がカトラリーを使う時に、何が不便かと考えた時に、テーブルがすぐに汚れてしまうのが嫌だったのです。また、西洋の彫刻からもインスピレーションを得ました。特に影響を受けたのはブランクーシです。彼の曲線をカトラリーに落とし込めないかと考えました。
また、先ほどイサム・ノグチの話をしましたが、東洋と西洋が混ざる感じを意識したチョッカラとスッカラのセットもデザインしました。定番アイテムが増えてきたので、今年は韓国のクリエイターとのコラボを何名かと企画中です。日本でもご紹介できると思うので楽しみにしてください。

Bae Young-heeが選ぶ、今の韓国を知る場所

約200店舗がビル内に集合するアンティークマーケット。「私は好きで昔から通っていましたが、昔は古道具が好きなお年寄りしかいませんでした(笑)。でも最近は若者がたくさん訪れるようになりました」。
住所:ソウル特別市東大門区古美術路39
営:店舗により異なる。