夏の日、純文学を貪り混乱の中に身を委ねる
夏にぴったりだと思い手に取ったこの本を、十七歳の私は高校の視聴覚室、その機材倉庫で読んだ。読むというより飲むに近い勢いで、ひたすらに文字を追った。それまで児童文学ばかり読んでいた私にとってほとんど初めての純文学。
どれだけ丁寧にページを捲(めく)っても、紙の上で起きていることを理解できない。どうしてこんなにも、私は混乱しているのだろう。文字を辿るほどに体が熱くなり、呼吸が浅くなっていく。何故こんなに興奮しているのか。読むことで私に何が起きているのか。
今まで疑いなく自分のものだと思っていた肉体が、突然アンコントロールなのだった。私しかいないと思っていた倉庫の奥から、小さくギターの音と歌声が聞こえてきたのは、小説のどの辺りでだっただろう。演奏者の正体はすぐにわかり、その瞬間、私は彼に恋をしていると知った。
理由はわからなかった。でも、ずっとこの人のことが好きだったのだと気がついた。理性が私の操縦席から立ち上がり、どこかに出かけていった。福生(ふっさ)に踊りに行ったのかもしれない。
家に入ってすぐの廊下には、端から端まで本が並んでいる。酔って家に帰り、玄関に崩れ落ちると、大抵目の前にはこの本がある。冷たいフローリングの上に静かに佇むこいつと目が合うたび、理性はいつでもお出掛け準備万端なのだと言われているような気持ちになる。
お前は、お前自身のことだってろくにコントロールできないのだと突きつけられる。とめどない吐き気の中、明日こそこの本を理解したいと思う。その明日がいつまでも来なければ良いとも思う。

横田米軍基地のある東京・福生の米兵住宅「ハウス」を舞台に、ドラッグやセックス、暴力などによって荒んでいく若者たちを描いた小説。著者はデビュー作となった本作で第75回芥川賞を受賞した。後に映画化も。講談社文庫(新装版)/605円。