すでに世の中にあるものを集め、体系化することの尊さ
小木基史
北海道出身の僕にとって、木彫り熊って実家や友人の家に必ず置いてある身近なもの。もともと、アートというイメージはありませんでした。
いなもあきこ
2016年にリサーチで初めて八雲町を訪ねた時、現地の方々も同じことをおっしゃっていました。
小木
でも、4〜5年前に現代アーティストのHaroshiさんから「木彫り熊は実はすごく面白い」と薦められて、気になり始めたんです。その後、24年に安藤さんが企画された展示で初めて木彫り熊を購入しました。作品の系譜をきちんと学びたいと思っていたので『たしかに熊だが』を拝読しました。

大正期、尾張徳川家第19代当主・徳川義親がスイスから持ち帰った木彫り熊が、北海道・八雲で農民美術として発展していく。綿密な取材と想像力、史実に基づき、柴崎重行、根本勲ら木彫り熊作家たちの軌跡を描く歴史小説。プレコグ・スタヂオ/3,960円。
安藤夏樹
もともと木彫り熊は、大正期に八雲町の農場主だった徳川義親が「農閑期の副業と趣味のために」とスイスから持ち込み、ペザントアート(農民美術)として発展させた歴史があるんです。北海道の木彫り熊ってすごくメジャーなのに僕らが興味を持った当時、その歴史すらほとんど知られてなかったんです。
いなも
そのことが、小説を書きたいと思った動機の一つでした。
小木
特に良かったのは、史料を丹念に調べ、関係者へのインタビューを重ねたうえで、ノンフィクションをフィクションでつなぎ、エンターテインメントとして成立させている点です。楽しく読み進めるうちに、自然とその歴史や重要人物について理解できました。
いなも
ありがとうございます。取材・執筆に7年もかかったので、実は途中で何度も挫折しかけたんです。
小木
以前、ヒップホップを学びたいと思った時期に『HIP HOP AMERICA』という本で勉強したんです。その時、情報を体系的にまとめた本の重要性を実感しました。この本は、それと同様に参考書になると思っています。
いなも
柴崎重行や根本勲といった、黎明期に活躍した実在の木彫り熊作家の皆さんが、とても魅力的なんですよね。ご遺族にインタビューしてみると、その思いが増していったんです。例えば根本さんは、作品からはシャープな印象を受けますが、家族から見るとかわいい人だったそう。話を聞くうちに、「この場面ではこう言うだろうな」と、その人たちの姿が自然と思い浮かぶようになっていました。
小木
NHKの朝の連続テレビ小説にもできそうなストーリーですよね。
安藤
僕のイメージでは、徳川義親役は俳優の鈴木亮平さんです(笑)。
いなも
いいですね〜。飄々(ひょうひょう)とした感じで演じてほしいな。
安藤
僕が木彫り熊を蒐集し、SNSや展示を通じて発信しているのは、その価値が再発見されたらいいなと思っているからなんです。だから、この小説がドラマになったり、木彫り熊を見直すきっかけになったりしたら本当に嬉しい。小木さんは、小説を読んだ後にイメージはどう変わりましたか?
小木
はい。素朴だけれど、上質な木材が使われ、繊細に彫り込まれている。クワイエットラグジュアリーに通じるものがあると、今は感じています。
