歴史の重なりが見える街
コチは水の街だ。エリア間の移動にフェリーが今も使われており、ボートで川をくだると、水辺にコロニアル様式の建物が並ぶフォート・コチの旧市街が見えてくる。
アラビア海に面した半島の先端に位置するこの地区は、15世紀にポルトガルの交易拠点として開かれて以来、オランダ、イギリスと支配が変わるたびに異なる文化が積み重なってきた。川や海沿いには、14世紀に中国から伝わったとされる大型固定式漁網「チャイニーズ・フィッシング・ネット」が今も現役で立ち、複数の時代と文化が、そのまま存在している。
ケーララ州観光局のヴィジョ・ジョセフ事務局長は「近年の旅行者は、景色を見るだけでなく、知られていないエリアにも足を運び、地元コミュニティと深く関わることを求めています」と話す。以前は2〜3日の滞在が主流だったが、リピーターが急増し、滞在日数も伸びているという。
そのためコチでは、従来のフォート・コチやマッタンチェリー地区だけでなく、運河沿いの漁村カダムクディや緑豊かな山間部のブータンケットゥといった、地元ならではのエリアの整備を進めている。
ボートで川を下り向かった〈ブラントン・ボートヤード〉でランチをとる。提供されるのは、バナナの葉の上に料理が並んだケーララ州の伝統料理「サディヤ」だ。20種類以上の料理が一枚の葉の上に収まっている。
地元ガイドの解説によれば、サディヤの歴史は200年以上。当時は白い料理が中心だったが、植民地時代にトマトやビーツが他国から持ち込まれ、現在の色彩豊かな姿になった。
料理はひとつひとつに意味がある。たとえばバナナチップスはタイムパス(暇つぶし)のためのもので、食事が始まる前や合間につまむ軽食だ。ヨーグルトに浸して天日干しした唐辛子のフライはアクセントのための辛さ。パップラムは砕いてご飯に混ぜる揚げせんべい。そして食事の合間に出てくる温かいお湯は、消化を助けるアーユルヴェーダの知恵だ。
日本で食前に「いただきます」と手を合わせるように、食べる行為に敬意を込める文化はインドにもある。「指先は神の食器」と呼ばれるこの料理は、右手で食べるのが作法。インドでは右手が清浄とされ、左手は使わない。
人差し指、中指、薬指でご飯とおかずを混ぜ合わせ、親指で口に押し込む。すると、食べ物の温度と食感が、手を通じて直接伝わってくる。食事の途中、スパイス入りの温かい水が入ったフィンガーボウルが運ばれてきた。手を清め、また食べる。
“完成しないアート”が集まる祭典
コチには2年に一度、現代アートの祭典「コチ・ムジリス・ビエンナーレ」もやってくる。6回目となる今回のテーマは「For the time being(「当面の間」の意)」。多くの作品が、時間とともに変化し続ける仕掛けを持っている。キュレーターはゴア出身のパフォーマンス・アーティスト、ニキル・チョプラさんだ。
たとえば、アルゼンチン出身のアドリアン・ビジャル・ロハスは、古い冷蔵庫を開け放ち、その内部に凍った肉、果物の断片、菌類の増殖など、有機物や食品を展示した。期間中、保存のための冷蔵庫で展示作品は腐敗し、変化し続ける。
シンガポールを拠点とするザリーナ・ムハンマドの作品「Omens Drawn by Lightning」は、コチ、コロンボ、シンガポールの3つの港をまたぐインスタレーションだ。来場者は靴を脱いで入る空間で、地元の楽器職人が作った楽器を手に取り、音を鳴らすことができる。線香やスパイスで作られた顔料を染み込ませた布が天井から吊られ、現地の音楽家との演奏によって空間そのものが動き続ける。
Booking.com南アジア地域マネージャーのサントッシュ・クマールさんは「旅行者は、ローカルのそのままを楽しみたい、住んでいるような体験をしたいと考えている。旅の時間で自分をリセットしたいと思っているのです」と話す。そのためにBooking.comでは、「コネクテッド・トリップ」に力を入れている。宿泊だけでなく、フライト、レンタカー、現地の移動手段やアトラクションまで、旅に必要な手配をひとつのプラットフォームで完結できるサービスだ。旅の計画に時間をかけず、現地での体験に集中できる環境を目指している。
その意識の変化は、数字にも表れている。Booking.comが29カ国・約29,000人を対象に実施した調査によれば、2026年の旅行者の意識は大きく変化している。特にコチへの国際的な需要は前年比30%増。グループ旅行は36%増、一人旅は16%増と、あらゆる旅行スタイルで関心が高まっている。歴史と食文化と現代アートが同じ街に重なるコチは、2026年、もっとも注目すべき旅先のひとつなのだ。








