解説:速水健朗(ライター、編集者)
はやみず・けんろう/1973年石川県生まれ。2001年よりフリー編集者、ライターとして活動。『タイアップの歌謡史』『都市と消費とディズニーの夢』など著書多数。新刊『機械ぎらい 機械音痴のテクノロジー史』が発売中。
2025年12月31日、第76回紅白歌合戦でMrs. GREEN APPLEは大トリを務めた。
彼らがすんなりとその座に納まったことに僕たちは本来もっと驚くべきなのだろう。
満場一致の国民的合意としてのトリ。そんなものが現代にあり得るだろうか。美空ひばりや村田英雄の時代ならともかくである。世代やジャンルを超えた国民的な歌手など現代ではあり得ない。SMAPが最後で、その後は誰も引き受けなかった。
それでは、Mrs. GREEN APPLEはどのようにしてトリの座を務めるに至ったのか。
ミセスが文句なくトリにすんなりと納まったのは、ひとえに大森元貴という人物の働き者ぶりが生んだ説得力にある。
25年の紅白で大森は、番組のショー開始の扉が開いた瞬間からステージに立ち、途中の『あんぱん』のミニドラマにも出演し、「見上げてごらん夜の星を」を歌い、出演者総出の「僕らはみんな生きている」にも出演していた。
大森がNHK連続テレビ小説『あんぱん』に出演し、昭和に数多くの名曲を生み出した作曲家いずみたく役を務めたことも大きいだろう。ミュージシャンのカメオ出演とは違う。主人公を支える仕事仲間として重要な存在感のある役を演じた。劇中では「見上げてごらん夜の星を」をMrs. GREEN APPLEのテイストとは別の歌唱で歌い、唸った視聴者も多かったはずだ。
ただそれ以上に、紅白歌合戦という場でオープニングから最後のステージまで、途中の応援の役割を含め、約4時間の番組に出詰っぱりと言っても大げさではない働きぶりだった。そして、その人物が番組のトリまで務める。そんなことがかつてあっただろうか。
さらに、紅白歌合戦という大舞台の後には、別の歌番組へ出演し、移動中のバスにもカメラが密着していた。
もちろん、彼らはテレビの力だけでのし上がったミュージシャンではない。さらに言えば、そこまでテレビにサービスする必要もなかった。つまり、ミセスは実験として、あえてテレビというメディアをジャックしてみせたのだろう。
各テレビ局が長時間の音楽特番を流し、歌真似、カラオケ自慢などの番組も放送されている。かつて国民の娯楽がテレビ一強だった時代、その時代の歌手の姿、坂本九に代表されるような歌手像に大森元貴を重ねてみることができる。
ミセスが復権させようとしているのは、歌が中心だった時代のテレビなのか、新しいエンタテインメントのあり方なのか。それはともかく、大森元貴という人は本当に働き者なのだと思う。